サンクトペテルスブルク Sankt Petersburg

[カードを買って得点を得るゲーム。各カードには「購買コスト」「色(決算タイミング)」「決算ごとの収益金」「決算ごとの獲得勝利点」が示されていて、要はカードを買うとそれに見合った収入なり勝利点なりが毎ラウンド入ってきます。基本的にはそれだけのゲームで、どのタイミングでどういうカードを買っていくか考えるのが基本。プレイヤー間相互作用に関しては、カードの取り合いとか終了タイミング操作のほかに、「場に出てくるカードの種類はフェイズごとに決められており、そして場に出てくる枚数は、直前のフェイズで売れ残ったカードの量によって決まる(要するに合わせて8枚になるように出てくるのです)」というルールによって確保される。]

えっと、はい、大変結構だと思います。もう模範解答っちゅう感じで。その問題はいつ誰が提出したのかといえば、とりあえずはAleaがPuerto Ricoという形で、ということになるのでしょうが、あるいはもっと遡ってWizards of the CoastがMagic:The Gatheringによって、という言い方のほうが正しいかもしれません。

「多様なデータを組み合わせることによって複雑性を確保する」という手法は、ゲームに奥深さ(というのか、競技性というか、あるいはリプレイアビリティとでもいうのか、言葉はどうでもいいんですけども)を与えようとする際には標準的に用いられる手法ですが、この手法を取ると必然的にルールの量は増大し、まだしもそれがゲームの全ての要素にかかるようなものであるのならば我慢できないこともないのですが、得てして個々のデータに対してそれぞれ別個の全く異なったルールが与えられるということになってしまいます。一言で纏めてしまうとエレガンスの欠如ということになりましょうか。そんな意味なく気取った言葉を使わなくとも、単純にルール量の増大(とその不統一性)はゲーム把握のためのコストの増大を意味しますから、どうしたって「さて始めようか」と気軽に持ち出すことができなくなります。

そうは言ってもデータを組み合わせて強い弱いを云々するのはやっぱり楽しいしさー、M:TGはなんだかんだ言っても革命的だったわけでー、もう初めてゲームした頃には戻れないんだしー、マルチプレーの肝たる相互作用を充分に確保した上でその相互作用の量の増大を意図して数十程度の個別データ/ルールを持ち込むのは有りじゃないの? という問いがPuerto Ricoだった、とするのであれば。エレガンス陣営による「ルールの総量を押さえ込み統一性を保ったまま、データの多様性に耽溺するようなゲームを作ることは可能である」という宣言が、このゲームなのだと思います。

どのようなプレーが正しいか/間違っているのかということは割と明確に決まっていて、しかしそれはルールから自明というような類のものではなくある程度の分析を必要とするので、単純な知識の有無というレベルにおいて「技術差」がある場合にはほぼ勝敗がゲーム開始時点で予期できてしまう、という欠点(欠点ですとも。)は解決されていません。このため、あらゆる人々が同じテーブルにつくことができるとは残念ながら言えないのですが、この点についてはこのジャンルを採用した以上如何ともしがたい部分であり(この部分を解決したゲームが現れれば、ボードゲームのデザインにおける一種の革命と言えるんじゃないでしょうか)、これをもって非難を加えるのは酷というものでしょう。ここはやはり、10分でルールを把握できて(「つまり何をすればいいのか」ということが理解できて)、技術レベルが同じプレイヤー同士でならばとりあえず何の問題も無く楽しめてしまうという、このルールの(あるいは用意されたデータの)美しさを素直に堪能すべきなのでしょう。

Sankt Petersburg
by Michael Tummelhofer
(Hans im Glueck, 2004)
★★★☆
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by Taiju_SAWADA | 2004-11-03 21:37 | 感想・紹介
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