重要タイトルで振り返る捏造ドイツボードゲーム20年史(part2)

2回目でーす。今回も勝手な断定をエクスキューズなしでばんばん飛ばしてますが、「俺の中ではこれが真実」以上の保証は何も無いんで、「な、なんだってー」くらいの気分でよろしくどうぞ。逆に言うなら「俺の中ではこれが真実」ってところまででよければ確実に保証します。意味のある保証かどうかはともかく。

さて今回はクラマー&ウルリッヒ二連発。内容を一言でまとめると「クラマーはえらいひと」。



エル・グランデ | 1995

1995ニュルンベルグ発表のカタンがアメリカのゲーマーズゲームからゲーマー臭を取り除くことによって「ファミリーストラテジー」の再定義(っていうか「定義」ですね。ファミリーストラテジーはカタン以降のドイツゲーム・ムーブメントの中で使われだした言葉ですから)を行ったゲームであるとするならば、1995エッセン発表のエルグランデは、ドイツにおけるゲーマーズゲームのフォーマットをこれ一作で規定することになったゲーム、と申せましょう。

この「フォーマットの規定」というのは、たとえばモダンアートによって現代の競りゲームのあり方が規定された、というのとは意味合いがちょっと違います。現代競りゲームの場合はモダンアート以前には殆どそういうものが無かったのに対して、エルグランデ以前にもドイツ的なゲーマーズゲームと呼べるものはそれなりに存在しています。例えば同じメーカーの最初の批評的成功作である「ディ・マッヒャー(1986)」は典型的なドイツルールで構成されたゲーマーズゲームですし、ドリス&フランクも「でっかい馬鈴薯(1989)」や「フッガー・ヴェルザー・メディチ(1994)」みたいなものを出しています。「チョコ&コー(1987)」など今遊んでこそ新鮮なゲームと言えるでしょう(言えるんです。いや面白いんですってチョコ&コー)。そういうわけでゲーム自体は存在していたのですが、「ドイツ・ゲーマーズゲーム」というフォーマットのほうがこの時点までは無かったのです。もっとも分かりやすいところで言えば、「ドイツ・ゲーマーズゲームは表示時間が90分(実際遊ぶと初ゲームなら2時間半)」というのは、このエルグランデが始め、このエルグランデによって広まった慣習です。従って我々が、あるいはメーカーが「90分のゲーム」というとき、そこでは「エルグランデくらいの長さのゲーム」ということが暗示されています。そしてこのエルグランデ参照というのは中身の方にも及んでいて、エルグランデがSdJを取って以降、つまり1996-97シーズン以降ドイツゲームの終焉(2008年頃)まで、「ドイツ・ゲーマーズゲーム」は実質「エルグランデみたいなプレイ感を持つゲーム」を指すことになります。歴史的な意味でのエルグランデの重要性は、何よりもまずここにある、というのがわたくしの認識です。カタンによってファミリーストラテジーが定義されました。カタンは超ヒット作になりましたから、カタンによって産まれた「ボードゲーマー」というのも数多くいたことでしょう。そのようにして形成された土壌の上に、わずか8カ月後に産み落とされたエルグランデが、そのようなボードゲーマーの熱狂的な支持を受けたことは間違いありません(何せこの重たい内容でご家庭向けの賞であるSdJを獲っているのです。如何に当時のドイツ人が熱に浮かされていたことか)。エルグランデによってドイツ・ゲーマーズゲームの市場が整備され、ここに我々がいま知っているゲームシーンが完成します。

さて、「エルグランデみたいなゲーム!」という影響は、当然ながらゲームシステム面にもあったわけです。というより、「歴史的に見てエルグランデってどんなゲーム?」という話をすれば、どちらかというとシステム面のことが先に来るでしょう。つまり、ドイツ式=一着二着式の非戦型エリアマジョリティというジャンルを作ったゲーム、としての評価です。例によってエルグランデが本当の最初のゲームというわけではなく、例えばクニーツィアの「古代ローマの新しいゲーム(1994)」に収録されている「インペリウム」などはこのジャンルの先行作品と言えば言えるんですが、1996-97シーズン以降ひと山いくらって程に大量生産されたドイツ式エリアマジョリティが先行作例として「インペリウム」を参照していたはずはなく、みんなエルグランデみたいなゲームを作りたかったんです(もうちょっと意地の悪くない言い方のがよければ「エルグランデを超えるゲーム」ですかね)。何しろエルグランデは腹に重く来る面白いゲームですし。でもそれだけなら、あんだけ売れたカタンに嫡子が最後まで生まれ無かったのに、ということになってしまうのでして、要はエルグランデみたいなゲームって作りやすいんです特にカタンなんかと比べると断然。基本構造はチキンレースのジレンマの多面指しで、地形学的あるいはルール的な縛りによりリソース投入に「ここから入るならこのルート」という戦略的な選択肢を整えて、あとは妨害とかリソースの複雑化とか、何でもいいんで素敵なサムシングを独自要素として放り込めば一丁上がり(一応補足しておくと、そんな簡単には素敵なサムシングなんか作れません)。「エルグランデがドイツ・ゲーマーズゲームを作った」という言葉は、良くも悪くも「エルグランデがドイツ・ゲーマーズゲームをデザインするためのメソッドを作った」という裏を含んだものです。もっとも、そういうメソッドで生産された製品の横にエルグランデを並べてみると「いったいどうしたのだお前は」と言いたくなるほどキャラが違っていて、久しぶりに遊んでみても作りの自由さに改めてびっくりすることになるのですが。



フィレンツェの匠 | 2000

何でこのラインアップでフィレンツェの匠が混じってんの、というのは入れたわたくしでも思う所で、面白いことは間違いなく面白いゲームですが別に何かセンセーションを巻き起こしたりムーブメントを先導したりはしていないのであって、実際入れるか入れないかでかなり迷ったのですが。何で入れたのかといいますとですね、とある方との会話の中で確かにそうだなあと思ったことがあって、これ「リソース or 勝利点」の二択システムをメジャーに押し上げたゲームなんです。一応振り返っておきますと、このゲームでは名誉な何かをゲットする機会がプレイヤーにつきだいたい5〜8回くらい巡ってきまして、その都度もらった名誉をお金と勝利点に振り分けると。これは競りゲームなので当然ながらゲームの遂行にはお金が必要であり、そしてお金を獲得する手段は事実上これだけなので、名誉を勝利点に割り振るというのはゲームを畳みに入っているということになります。で、これ、どうということもないシステムに見えますし、いかにもドイツゲーム的な美意識を持ったシステムでもあり、さらに言えば現在では「ドミニオン(2008)」をはじめとして多くのゲームに普通に搭載されています。あとは別ジャンルですが、RPGでは経験点をスキルに割り振るみたいなのは(これがフィレンツェの二択システムとは似て非なるものだというのは後で触れますが)遙か昔から王道中の王道です。ですが実際に振り返ってみた時、このゲームより以前には、そういうシステムはほとんど見られないのです(例外についても後で触れます)。

うん、まあ、そうかもしれない(そうじゃないかもしれない)。でもだからなんなの、それがそんなに大事なことか? というのはごもっともなのですが、ここで触れておきたいのは、あのボードの外周にくっついている謎の目盛、つまり「勝利点トラック」という概念です。勝利点vsリソース二択システムは導入の効果がたいへん明確であり(完全な拡大再生産化を回避してゲームを収束させ、加えてその収束のさせかたもプレイヤー側に委ねることでジレンマの数をひとつ増やす)、導入の際の困難も全くなく、誰でも入れようと思えば簡単に入れられる扱いやすいシステムでありながら、ほとんど誰も入れようとはしなかった。なぜか。考えられるのは、それまでは「勝利点」という考え方がまだ完全には自明のものになっていなかった、という仮説です。名誉によって買えるものとして、お金と勝利点が同じ売場に同じ扱いで並んでいる。こういうやり方は、勝利点というものがお金やその他リソースと同じような、ボードゲームにおいて操作の対象となるひとつのブツである、という発想に立つ、そしてそのような発想が自然に受け入れられることで初めて可能なものです。今を生きる我々としてはつい「いや、勝利点ってそもそもそういうものでしょ?」となりがちですが、少なくともドイツのボードゲームにおいて、勝利点というのはかつてそれほど自明のものではありませんでした。いま我々は「お金(やその他のリソース)をたくさん手元に持ってきた人の勝ち」と「最初に勝利点を一定量稼いだ人の勝ち」と「ゲーム終了時に勝利点トラックで最も先に行っていた人の勝ち」とを別段区別して扱いませんが、これらは歴史的には全て別のものです。お金を稼いだ人の勝ち、リソースを集めた人の勝ち、というゴールには百年来の伝統がありますが、勝利点を一定以上、というゴールはこれに比べると数がだいぶ少なくなります(トイバー「バルバロッサ (1988)」「貴族の務め (1990)」など。おそらくこれはレースゲームから派生したシステムでしょう)。そしてもっと少ないのはゲーム終了時に勝利点トラックを最も先へ、というゴールで、例えば80年代のSdJを見てみると「ゲーム終了時に勝利点トラックを最も先に」を堂々と使っているのはどうやらクラマーくらい(「アンダーカバー (1984)」「フォルム・ロマヌム(1988)」)だということがわかります。おおクラマー。

先ほど保留にしていたRPGのスキル分配とこのシステムの先行作例についてここで触れましょう。RPGのスキル分配がこの文脈においては似て非なるものだということは、もうお分かりいただけるかと思います。RPGにおいてスキルというのはいずれにせよリソースですから、単にどれにしようかな、というだけの話であり、2択システムのメタ言及性(勝利点というメタ概念をエクスキューズなしで非メタなリソースと同じ高さに引きずり下ろしてしまう、ということ)とは関係ありません。そして例外的な先行作例についてですが、フリーゼの初期作品「贋金づくり (1994)」が挙げられます。ただ決定的に違うのは、フィレンツェにおいて勝利点トラックにあたるものが、贋金づくりでは「コイン」なんですね。手元にプラスチックのチップが受け渡されます。ゲーム的な効果自体は全く一緒であっても、フリーゼにおいては交換対象にテーマ的な意味とブツの触感をはっきり持たせることで糖衣を被せていた。2000年のクラマーには、そういう躊躇はありませんでした。盤上で堂々と勝利点をめぐる剥き出しのメタフィクションを展開しても普通に受け入れられる、ゲームシーンは既にそうなっていたのです。
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by Taiju_SAWADA | 2011-10-13 23:36 | 感想・紹介
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