庭小人協会 Gartenzwerge e.V.

[小人と小人を配合させて、より強い小人をつくるゲーム。といっても血の配合がどうとかそういう要素はなくて(小人のパラメータは「強さ」だけで、両親のうち強いほうの小人の強さと、あと乱数によって子供の強さが決まる)、ゲームの本線は、自分のところの小人を種馬としていくらで貸すか、あるいは逆にいくらで種馬をよそから借りてくるか、という部分であり、従ってジャンルとしては入札物、ということになる。一番強い小人を最初につくったプレイヤーの勝ち。]

小人を売買して、という言葉からしてちょっと面白く、じっさい遊んでみても乱数が強く出る配合結果に翻弄されたり、入札における各プレイヤーの相場観が全然違っていたりで面白いんですけど、ただ留保をつけておかないといけない部分もありそうです。

何が言いたいのかというと、ルールがちょっとややこしいんじゃないか。各プレイヤーが各小人について「貸し」の入札と「借り」の入札を提示できる、という基本線だけでそこそこの量がある以上、他のルールはなるべく小さくまとめたほうがよかったのではないかと。例えば、小人の貸し借り以外にも「小人を売り払う」「小人を庭で働かせる」という選択肢がこのゲームにはありますが、これらがゲームに対して積極的な意味を持っているようには思えません。ゲームが長時間にわたるものであれば、小人の売却というルールが必要になるかもしれませんが、実際には小人の数を適正に管理しつづけることに技術が必要になるほど長時間のゲームにはなりません(小人が増殖して困ることはありますが、その困った状態はゲームにおいて放っておくと必ず現れ対処を求められるという類のものではなく、ある種の戦略をとった場合に時としてゲーム後半に出現する結果というべきでしょう)。小人を庭で働かせる(実質的な手番パス。小人の維持費が半分になる)については、ターン数も短くターンごとの動きも激しいこのゲームにおいて、維持費をわずかばかり浮かせるという行動を用意することに何の意味があるのか全く分かりません。

つまりは、乱数は強いし、入札で動く金額の幅も大きいし、またイベントカードの存在もあり、ということでかなり勢い一発っぽいゲームなのに、それとは正反対の微妙なマネジメント要素がなぜか紛れ込んでいるのが気になる、ということなのです。もしかするとプロトタイプの段階では、もっとブリーディングの部分に複雑な要素を組み込んだビックゲームだったのかもしれません。

このゲームの面白さは、基本的に金を稼ぐのが目的のゲームではないことと、プレイヤー以外の存在(「場」と言い換えたほうがよいかもしれません)との取引が殆ど存在しないことにより、金銭について絶対的な量を欲することがあまり無く、他プレイヤーにくらべて極端に所持金が低くなっていなければ別に構わない、くらいのスタンスがとれるということに由来しています。このことによって競りの基準がとても曖昧なものになり、さらにこのゲームは競り上げ式ではなく入札を採用している(しかもオークショニアも“入札によって”最低入札価格を決定しなければならない)ので、入札の結果が訳の分からないものになる。もともと入札というのは計算不可能な部分がありますが、さらにこのゲームでは計算不可能性を増幅しており、それによって生み出される驚きがゲームの根幹を成しています。ブリーディングを乱数として表現したり、イベントカードを入れたりといったデザインも、入札の計算不可能性との相性から導入されたものでしょうし、それは多分正しい選択のはずです(個人的にはイベントカードには嫌悪感を覚えますが、それはそれとして)。

しかしそれならば、相性の悪い要素はもうすこし入念に取り除いてくれてもよかったんじゃないか。という思いはどうしても残ってしまうのです。

Gartenzwerge e.V.
by Roman Mathar
Argentum Verlag
★★★
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by Taiju_SAWADA | 2005-04-23 17:30 | 感想・紹介
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