マナーからルールへ

※東京都千代田区とは無関係です

あらゆる趣味や活動やその他の諸々と同様、ボードゲームだったりカードゲームだったりという趣味の分野にも、その分野に独自のマナーとされるものがあります。そしてこれもあらゆる文化と同様、分野に所属する人の中には若人というのが一定の割合で混在しており、若人は若人の義務として設定されたマナーへの違和感を表明するわけです。

わたくしが若人であるか否かの判断は読者の皆様方にお任せしたいと思いますが。

ゲームの外側にあって「ゲーム趣味」の内側にある、対人関係における礼節という枠で括ってしまえる部分について問題視する予定はまったくございません。あるいは、各ゲームないしゲーム群において設定されている作法につきましても、それがゲームにおける意思決定の根幹とは無関係なものであれば、作法の煩雑や不合理についての疑問こそあれ、特段なにか声をあげて反抗を行いたいというほどの気分にはならないものです。

不愉快なのはルールを侵食するマナーなのであります。

紙に書かれたルールと「勝利を目指すこと」という前提とによって、総体としての行動ルールが設定されます。プレイヤーはその中で可能なあらゆる行動を選択肢として抱え、そして抱えた選択肢の全てを吟味して、最も有利であると判断した行動を実行に移します。すると他のプレイヤーからの制止。

「いや、それはマナー違反だから」
誰が決めたんだよ。

古代でも中世でもない現代のボードゲームなりカードゲームを遊ぶ上で重要なのは、そういうことを決めるべき人が厳然と存在しているということで、これは当然ゲームデザイナーということになります。ゲーム上の意思決定に関する全ての行動ルールはゲームデザイナーが設定するものでなければならず、そうでなければプレイヤーは何を基準に行動すべきか分からなくなってしまいますから。古くから存在し、デザイナーも不明なら基準となるルールも一つに定まらず、かつプレイヤーの間で遊び方にコンセンサスが何となく出来上がっているようなゲームと、現代のゲームとは、この点においては同列には並べられません。無論、現代のゲームにおいてもプレイヤーの間の何らかの常識なるものに寄り添った形でルール設計されている可能性は否定しませんし、というよりもむしろ基本的には明確に寄り添った形で設計されていたりするのですが、しかし少なくともそのゲームはつい最近になって誰かが考え出した新しいゲームなのであって、その新しいゲームに対して、過去のゲームにおける常識をそのまま外挿してマナーとして意思決定に介入させるのは、デザイナーに対してそれこそ礼を失することになるのではないでしょうか。

という抽象的な憤りの後に何を具体例として持ってくるのかといえば、「手札を他プレイヤーに見せびらかしたら怒られたので悲しかった」というだけの話なんですけど。でもルールには手札見せちゃだめって書いてないのよー。
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by Taiju_SAWADA | 2005-04-29 12:44 | うわごと
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