ティンブクトゥ Timbuktu

[各プレイヤー四匹の駱駝を持ち、それぞれの駱駝に何種類かの商品を積んでゲームスタート。毎ラウンド、20あるマスのどこかに自分の駱駝を一匹ずつ配置する。各マスには一匹の駱駝しか入れず、また前回のラウンドにおける配置によって移動にそれなりの制限がかかる。ゲームのポイントは、この20のマスのうち5マスが地雷ポイントだというところで、地雷を踏むと指定の商品が没収される。地雷の箇所はラウンド開始時に各プレイヤーに対してそれぞれ別個のポイントが(盗賊カードとして)示され、一巡するごとにカードを回すことで少しずつ情報が増えていく、という形。メモ帳必須。数ラウンド行い、最終的に残った商品の数でゲームを決める。]

全員に情報のピースを非公開情報として配っておいて、ピースを配っていくことで徐々に情報の総体が見えてくる。但しどの時点においても全員の持つ情報が完全に重なることは無い。という、今まではガチ推理物にだけ許されていた手法を大々的に取り上げてほぼそれだけでゲーム一本作ってみましたー。実にインディーズっ気溢れるやり口ですがメーカー見たらこれQueenじゃないの。トップメーカーからは一段落ちるとは言えメジャーからこういうゲームがでてくるというのはちょっと驚きです。つっても作者がHennだから実は元は同人物(db)のゲームなのかもしれないですけど面倒なので調べません。

インディーズかどうかは置いといてその手法自体に対する評価ですが、ルール一見して感じたほどには遊んでみると悪くない、んですが結論としてはやっぱりちょっと無理筋っぽい。ゲームにおける情報提示の手段として理屈方面から眺めればこれは当然アリなやりかただとは思いますけども、ボードゲームは確かに理屈がメインとはいえ、それだけでなく特にファミリーストラテジーの分野ならばブツを右から左に動かす手続きの快楽にも支えられているわけで、そっち方面のことをいくらなんでも無視しすぎています。駱駝を弄ってたと思いきや唐突にメモ書きの作業を強制されるのがもう単純にうざい。推理物においてメモ書きが歓迎されるのはあれがそもそもメモ書きのゲームだからですし、ディプロマシーその他の同時プロット物では割り込んでくる回数が少ないから許容されているので、このゲームの場合どっちにも当てはまりません。

記憶物にしたくなかったし、そうすると他の手段は出てこなかった。というデザイン上の事情は理解できます。理解はできますが、そもそもの枠がはっきりと軽めのファミリーストラテジーなんですから、ゲームのテンポに余計な重荷を背負わせてそのまま投げっぱなし、というのでは単に異物が挟まったようにしか映りません。もうすこしメモ書きを面白くするか、ゲーム全体を重くしてテンポを合わせるか、できればその両方の措置を取るべきなんじゃないでしょうか。

しかしほんとにHennのゲームと相性悪いなあ。

Timbuktu
by Dirk Henn
(Queen, 2005)
★★☆
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by Taiju_SAWADA | 2006-03-22 00:44 | 感想・紹介
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