マルチゲーム好きの人々が時折使うスラングに「お仕事」というのがあります。大雑把に言うと、自分の得にはならないんだけどゲームを壊さないためには取らざるを得ない行動、といったところでしょうか。
この概念をモデル化するのはとりあえず簡単で、例えば四人ゲームでプレイヤー1からプレイヤー4まで順に手番が回ってくるものとすると、 ・プレイヤー1がお仕事を引き受ける:(-1,0,0,0) ・プレイヤー2がお仕事を引き受ける:(0,-1,0,0) ・プレイヤー3がお仕事を引き受ける:(0,0,-1,0) ・誰もお仕事を引き受けない:(-3,-3,-3,0) 【括弧内はそれぞれプレイヤー1〜プレイヤー4の利得】 というような形になり、そしてこの場合「お仕事」を担当させられるのはプレイヤー3ということになります。展開としてはプレイヤー1とプレイヤー2が自分のやりたいことをやって、面倒ごとを押しつけられたプレイヤー3がぶつくさ言いながらやりたくもないことをやる、と。ちなみにここで言う【利得】というのは表面上の勝利点の話ではなく、「最終的にどれくらい自分に利益があるか?」という絶対的な(かつ、実際にはそんなもんがそうそう計れるわけはないので仮想的な)指標とお考え下さい。従って、プレイヤー3が合理的なヒトであれば、お仕事を引き受けないという選択肢は取らないということになります。単純に自分にとって利益がないですからね。 で。この構造が頭に強く入りすぎていると、このシチュエーションは「プレイヤー3が引き受ける」一択である、という発想に向かうことになります。ここからの逸脱は場合によっては非難の対象になりますし、またゲーム自体への評価としても、この状況自体には「自由度が無い」ものとみなされ、この状況へ誰かを追い込むことに巧拙が出てくるゲームが評価されることはあっても、この状況がひっきりなしに登場するようなゲームは往々にして「束縛が強い」ものとして減点の対象になります。 それって嘘ですよね。 このシチュエーションに解があるという考え方は、プレイヤー3には場合によっては利益になるかもしれませんが、少なくともプレイヤー1とプレイヤー2にとっては危険すぎる。より具体的に言えばゲーム理論的な思考に毒されすぎているという意味での危険があります。この解が解であるためには、このゲームの構造自体が共通認識になっている必要がまずあって(まあ「解がある」と言い切っちゃうのであれば、その人にとっては当然共通認識なんでしょうけど)、さらにその上で、プレイヤー3の合理性を信じなければならない。合理的であってこそ、プレイヤー3が「いや俺はお仕事なんか受けないよ?」という宣言をしたとしても、それを単なるブラフであると却下することができるのですから。 重要なのは、プレイヤー3が合理的である必要はどこにもないということです。なにしろこの場合、合理的でないほうが圧倒的に都合がよろしい。何ならドラマちっくに激昂してゲーム盤をひっくり返してみちゃったりするのはどうでしょうか(※1)。そこまではいかなくとも、とりあえず激昂して本気で仕事引き受けないでみる、という行動には充分な価値があります。それで「合理的ではないプレイヤー」の称号を手に入れてしまえば、ゲーム中に発生しうる一切のお仕事を他人に押しつけることができるわけですから。言い換えると、ここには「合理的でなくなるための合理的な理由がある」。 そしてお仕事のゲーム性はここに集約されます。要はお仕事というのは一種のメタゲームとして解釈するのが妥当であると。一種の、というのは、通常のいわゆるメタゲームと違い、ゲームを複数のサブゲームから構成されるものと捉えて、そのサブゲームに対するメタである(従って依然としてゲーム全体から見ると、それを超えてはいない)という意味で、従って本当にゲームの外に出る必要は必ずしも無いからなんですが(※2)。「誰も引き受けない」というカタストロフを玩びながらみんなでパートタイムの狂人を演じる心理戦。そこにあるのは束縛ではなく束縛をネタにした無限の選択肢であって、これこそがマルチゲームだと思うのですが。いかがでしょう。 ※1: ちなみにこれはわたくしのオリジナルの物言いではなく、学生時代に所属してた研究室の教授が使ってた言い回しです。ここで書いたような非合理性の取り扱いについての試みというのがその界隈では実はあったりします、というのが今回のもう一個のテーマ。 ※2: 無論外に出ることもできます。が、それはあまり幸せなことにはならないんじゃないかなー、というのはぼくが“その意味での”メタゲームを(あくまで好き嫌いのレベルで)徹底して嫌っているというだけのことかもしれないですけど。
by Taiju_SAWADA
| 2008-03-10 02:06
| うわごと
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