Kai Piranja / 何故わたくしは坊主めくりと相性が合わんのでしょうか

はい。合わないのです。というわけでちょっと考えてみました。

・山札があります。
・一枚ずつめくっていきます。
・めくりたいだけめくって構いません。いつ止めても構いません。
・めくるのを止めた場合、めくったカードは全て獲得できます。
・とある条件で、カードめくりは強制中断されます。この場合、カードは獲得できません。

とゆうゲームのことを「坊主めくり」とここでは呼んでいて、こないだ遊んでみた Kai Piranja なるゲームはこの坊主めくりゲームの一群に属するものです。
面白かったか、といわれると面白くなかったのです。あるひとつのゲームが面白くないというだけのことであれば、それはまあごく普通のことですからどうでもいいのですが、問題と言うのは別にあって、それはつまり、

そもそも坊主めくりのフォーマットって面白いのか。

いや面白いけど。という方もいらっしゃると思うので、何が不満なのかをもうすこし書いておきましょう。坊主めくり系を含めたバースト系のゲームに対して、わたくしが求めているものは「進み続けることの緊張感」なのですけれども、坊主めくりフォーマットを採用すると、この緊張感がむしろ出なくなる傾向があるのではないか、と思うのです。

バースト系のゲームには、

・「ゴー」を選択するごとに、失敗時に失うものの(見た目上の)価値は増大する

という大前提があります。成功時に得るものの(見た目上の)価値については、常に一定だったり、ランダムに上下したりと様々ですが、ともかく、トータルで計算した場合には、

・「ゴー」を選択するごとに、(見た目上の)損得勘定(つまるところリスクを考慮に入れたリターン)は概ね悪くなっていく

必要があります。これはシステム上の要請です。「見た目上の」という括弧書きを繰り返していますが、基本的には見た目だけでなく実際にも損得勘定が悪くなっていかないといけません。そうでないとストップをかける人がいなくなってしまいます。

というわけで、「ゴー」をかけるごとにだらだらと右下がりで落っこちていく損得勘定グラフを睨み続け、ゼロを切って赤字ゾーンに突入したところで「ストップ」をかける、その「ゼロを切る瞬間」のタイミングを誰よりも正確に見切ること、というのがバースト系ゲームの基本構造となります。

となるんですけど、これだけの構造でゲームを支えることは不可能です。不可能だっつってるのに堂々と提示してくるから Kai Piranja は詰まらんのだと言う話になるのですが、それは措くとして、なぜ不可能なのか。相手にしているのが思い切り乱数で、しかも意思決定の回数もそんなに多くないからです。

さてどうすべきか。

1. 見なかったふりをする。
それをすると Kai Piranja になってしまいます。

2. バーストとは別の要素を派手に盛り込んで、バーストの要素を後ろに追いやってしまう。
たいへんナイスな解決法なのですが、それは逃亡です。戦ってください。

とゆうことで、真面目なバースト系ゲームにおいては、たいてい

3. 「進み続けることの緊張感」を演出する
という手法がとられることになります。ああやっと話が繋がった。

「進み続ける緊張感の演出」は、見た目上の損得勘定と実際上の損得勘定の間に派手な乖離を起こすことで行われます。いや、見た目上と実質との乖離というのは、勝利点システムを採用している全てのゲームに当てはまることではありますけども、それは話に関係ないのでほっとくとして。「進み続ける緊張感」を演出するにはクリアしなければいけないハードルが2点ほどあって、最初のひとつが、まずプレイヤーに「進み続けること」を選択させないといけないということ。このハードルと、先ほどの前提をあわせると、「勝利点的にはさらに沈み込む可能性のほうが高いのだがここで勝負しておかないと勝てる可能性がゼロに下落」というシチュエーションを発生させないといけません。これがここで限定的に言っているところの「乖離」です。

ちゃんと書くなら、勝てる可能性が本当にゼロまで下落してしまうとそのプレイヤーのモチベーションもゼロになってしまうので『大幅に下落』あたりにとどめておく必要があるとか、どこまで勝負しておく必要があるのかという点に関してぼかしを入れておくことによって意思決定の要素を残して「させられ感」を軽減させないといけないとか、そういうことも考えないといけないんですが、とりあえず上記のようなシチュエーションを発生させたとしましょう。問題は後半のハードルのほうで、これは当たり前のことなんですけど、進み続けるという不利なギャンブルに勝てる可能性がきちんとそれなりの確率で用意されていなければいけません。そう繰り返し行うわけでもないゲームにおいて、微小な確率はプレイヤーの中であっさり確率ゼロに変換されてしまいますから(少なくともモチベーションという点においては)。理想を言えば、不利なギャンブルにおける不利の源泉は、見た目上の(および実際の)ペナルティを主とし、勝利確率の減少はあくまで副次的なものであるべきです。実際のところ、上位を追いかけているようなプレイヤーに対して実質的効果のあるペナルティを配置するのはたいへん難儀なことなので、勝利確率の減少によって対処するのは仕方が無いのですが、その減少度合いについては熟慮しないといけません。

坊主めくりフォーマットの問題はここにあります。1枚めくって危険札がでなかったとなると、連続してめくるときにそれが危険札である確率は、さっきめくったときよりも確実に高くなります。となると一定枚数めくらないといけない場合、危険札を引かない率というのはかなり厳しいことになってしまいます。さらに厄介な点として、「これ以上の枚数は絶対に引けない(ゲームが終わるか、あるいは100%の確率で危険札が出る)」という枚数が、坊主めくりフォーマットを採用すると(かなりデザイン上の無理をして回避しない限り)出てきてしまうことになります。

何が言いたいかというと、ゲーム終盤、7枚差を追いかけていて最後の自分の手番になって、残り山札がどう見ても10枚を切っている(しかも危険札がまだ中に複数残ってる)という状況はえらく寂しいよね、ということなのです。そういう状況になる前になんとかしろって? いや、だからそれじゃバースト系ゲームである意味が無いんですってば。
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by Taiju_SAWADA | 2004-07-25 23:56 | うわごと
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