2004年 08月 15日 ( 6 )

なきごと

登録する前に調べておけという話ではあるんですけども。

まさかここまで使えないシステムだとは思わなかったよう。

腐ってる! 腐ってるよExcite Blog!

とにかく記事の検索性がゼロに等しい。
いったん埋もれたが最後、まともに記事を見つけるのは不可能と言っていい。
あー。PukiWikiのほうについでに記事も書いたほうがよぽど良いんじゃじゃないのか。

というわけで、まだしばらくはこっちで続けますが、そういうことになる可能性が高いという点につきましてはご了承ください。
[PR]
by Taiju_SAWADA | 2004-08-15 13:27 | うわごと

チョコ・アンド・コー Schoko and Co.

えらいこと残忍なビジネスゲーム。カカオを入札で買ってチョコレートに加工して売却するというだけの流れなんですが、最も重要な点は加工に必要な人件費の高さと、チョコレート売却価格の不安定ぶり。不安定と言うのはまあ乱数を使ってはいるのですが、使い方が凝っていてむしろスキル差を強調するような結果になっている。問題点と言えばあまりに凶悪すぎる点で、差がいったん開くと縮めるのはまあ確実に無理かなと。何せ序盤の一ターンであっさり再起不能まで落ち込めますから。あとはイベントカードの使い方が、このあたりはさすがに昔のゲームと言うところで。だいぶ雑です。問題といえばかなり問題のあるデザイン。でもここまで残忍だとそれはそれで有りという気になってくるから不思議。

Schoko and Co.
by Yves Hirschfeld and G. Monnet
(Schmidt, 1987)
★★★
[PR]
by Taiju_SAWADA | 2004-08-15 13:04 | 感想・紹介

ジャンク Dschunke

[色々な船から色々な商品を入手して売り払って勝利点を得るゲーム。全員一行動→全員商品追加補充→売り払い。で一ターン。これを繰り返し。行動は「船から商品補充」「船から勝利点獲得」「船から荷物積載」から選択(どの船で行動を起こせるか、はターンごとに変わる)。商品や勝利点を選択した場合、得られる量は、それまでにその船に積んだ(有効な)積荷の量で決まる。売り払いフェイズでは、全員で入札を行い、各商品につき最も多い枚数を提示したプレイヤーが勝利点を獲得する。問題は、競り勝てなかった場合も提示した商品は没収されてしまうことで、このおかげで色々な思惑が錯綜することになる。]

素性の悪いゲームでは決して無いと思う。思うんだけどもどうも乗れなかった。理由は割とはっきりしていて、このゲームは各ターンに一通りのことを行って収支出して10ターン構成、というふうになってんだけども、そのターンごとの収支があまりにもくっきりしすぎてるのです。ちょうど「アッティカ」の感想文で喋ったのと逆のことが起きてる。一応、後のターンを見越した投資のようなこともできるようにはなってるんだがー、実は「ジャンク」では自分が後々どういう行動を取れそう(とる権利を獲得できそう)かという点について相当に正確な見通しが立てられるようになっていて、でその仕組みが、少なくともこの論点については逆効果になってる。「将来に賭けてリスクを取る」ものであるはずの投資が、ちょっと慣れればあっさりと現在価値に割り戻されて計算されてしまう危険。

他にも、いろいろと「こうすればああなります」というのが明確なつくりになっていて、そういうのが好みの人ももちろんいっぱいいるんだろうけれど、わたくしは主に上記の理由から、このゲームに関してはもう少し乱数でぼかして仕上げるべきだったのではないかと考えます。

Dschunke
by Michael Schacht
(Queen, 2002)
★★☆
[PR]
by Taiju_SAWADA | 2004-08-15 13:03 | 感想・紹介

アッティカ Attika

[タイル置き。手番になったら、「自分専用のタイル山からタイルを2枚めくる」か、「既にめくってあるタイルを3枚まで置く」か選ぶ。タイルを全部置ききれば勝ち。タイルを置く際にはコストを払う必要があり、置きたいマスに描かれているフリー資源か、または手元のカード(行動をパスすると貰える)で支払いを行う。というわけで良い資源のあるマスを早い者勝ちで奪い合いたいのだが、一方で、「タイルを一定の順番で置くとコストが只になる」というルールがあり、これを狙ってタイルを引き続けるという方針も考えられ、さてどうしたものか。]

「新しい」とまでは言わないものの、現在の主流から外れた(*)システムを意図的に採用し、結果を出していると思います。

派手な一発逆転が存在しないので、終盤にさしかかったあたりで上位とだいぶ離されていたりすると、モチベーションがだいぶ落ちてしまうというのは難点であって、さらに言えば「派手な一発」が存在しないということはそれ自体が「地味」ということにもなってしまうというところはあります。とはいえ、それはこのゲームでは致命的な弱点になってはいません。

点差と言うものが、単に毎ターンの得点差を積み重ねた結果の現れだったとすると、いちいち毎ターンの行動の正否を確認しなければならず、さらに、今回のターンの失敗をリカバーするには、今回のターンと基本的には繋がりのない「次回のターン」の得点をどうにかするしかありません。ということは「今回のターンの負け」は確定事項であって、基本的に取り返しがつかず、そしてその事実は毎回のターン終了直後に突きつけられてしまいます。

アッティカにおける「点差」というのはそういうものではなくて、最初に採用した戦略がタイル引きの結果あるいは他プレイヤーの動向によって変更を余儀なくされる、そのタイミングをどれだけ正しく見積もったのかという成績(いや、単に引きがものすごーく悪かったとか良かったとかそれだけかもしれないんだけど)が、中盤の終わりから終盤にさしかかったあたりで、初めて明確なものとなって現れるのです。もしかすると、得点と言うものが明確なものとして始めて意識される時点を、このゲームにおける終盤の始まりとしてみるべきなのかもしれませんが。いずれにしても、それより手前の時点においては、自分のとった行動の良し悪しは、予感として現れ、それ以上のものには発展しません。予感された失敗の少なくない部分は、何らかの形でリカバーをとることによって「なかったこと」にしてしまえます。

そして結果が現れた時には、プレイヤーは自分の失敗(いや、単に引きが以下略、という考え方も勿論ありだが)を思い返すことになります。それはリカバーに失敗したために顕在化したのかもしれないし、リカバーがそもそもできないような大きな失敗だったのかもしれないし、そもそも戦略自体に無理があったのかもしれないし、単に運が悪かっただけなのかもしれない。でもはっきりしていることは、そこで思い返される失敗というのは「大きなものがひとつかふたつ」という形をとるということです。

前者と後者で何が違うのかというと、今回のゲームの終盤においてやる気がなくなるという意味では別に何も変わらないんだけれども、次回以降のゲームに対するモチベーションが違います。前者だと「なんだか全体的に駄目だったよねー」で終わってしまいますが、後者ならば「今回はここが駄目だったので次回はそのへんを意識してみよう」ということになります(**)。アンチクライマックスは勿論欠点でしょうが、後者の場合にそれが致命的なものとはならないのは、ゲーム自体への信頼までは揺らがないからでしょう。

というわけで比較的健全な上達意欲を喚起するゲーム(***)。ルールも充分に平易で、誰にでも安心して薦められます。メルクレは創作姿勢まで含めて信用できるデザイナーだと思います。

(*)というほど「現在の主流」を追いかけている訳じゃないんですけど、「自分のタイルを(時間コストを払って)手元に引き寄せてから置く」「全部置けば勝ち」という基本ルールを採用したゲームというのは、一見多いように思え、しかし考えてみると全く思いつかなかったのでこう書いてみました

(**)もっとも、そのへんを意識して次回のゲームに臨むと今度は別のところで問題が発生する可能性があり、上達意欲が必ずしも短期において直線的に上達に結びつくかというとそうでもないかもしれない

(***)わざわざ「健全な」と入れたのは、特にこのクラスのゲームにおいては「上達意欲」というものが必ずしも良い方向に作用するとは限らないからです。始まる前から結果の分かっているゲームなぞ誰がやりたいんかね、っつう話。

Attika
by Marcel-Andre Casasola-Merkle
(Hans im Glueck, 2003)
★★★
[PR]
by Taiju_SAWADA | 2004-08-15 13:01 | 感想・紹介

オアシス Oase

[土地を入手して、その土地用の商品を手に入れて、勝利点=土地面積×商品数というゲーム(土地は4種。なので商品も4種)。特徴的なのは行動決定フェイズで、まず全プレイヤー、自分専用の山札から、行動カード(土地1マス広げるとか商品2つ貰うとか)を1枚ずつ最大3枚までめくる。次に、行動順の早いプレイヤーから順に、他プレイヤーのめくった行動カードセットのうちから一組選び、カードの内容を実行する。でもって、行動順1番のプレイヤーに選ばれたプレイヤーは次のターンでは行動順1番になり、以下同様。]


オファーをかけて行動順を獲得するというこのゲームの根幹システムが正直微妙なのかも、婉曲表現を用いずに言えば癌なのかも、という気はわりと強くしていて、というのはこのゲームでは「行動順トップ」を取らないと意味が無く、さらにその行動順トップを得るためには「特定の一人の気を引く」ことだけが重要になっている。したがって、有効なオファーの方向性が一定になってしまう。それだけならまだいいが、その「オファーのかけかた」であるところの1/2/3枚メディチシステムは、このゲームの「なんとしてでも特定の一人の気を引く」というのとはあまりにも食い合わせが悪い。目指すべき方向性がひとつしか存在せず、しかも「一着狙いか降りか」しか無いのに、手(つうかめくったカードですけど)の修正が効かないというのはあまりにもあんまり。1枚目をめくった瞬間に「トップ取れそうか?(勝負すべきか否か?)」ということがかなりの程度分かってしまうのは、いくらなんでも無しでしょう。

Oase
by Alan R. Moon and Aaron Weissblum
(Schmidt, 2004)
★★
[PR]
by Taiju_SAWADA | 2004-08-15 12:58 | 感想・紹介

フィルシーリッチ Filthy Rich

[看板を買って通り(1番地から9番地まで)に置いて、客が来る(サイコロ振って1から9まで)のを待つゲーム。看板には初期コストと税金(サイコロで0が出ると払う必要あり)と、客が来たときの収入、その他特殊能力などが書いてある。看板を置く際、他人の看板に覆い被せるような形で置くことにより、他人の看板を無効化したりもできます。お金を稼いで「ぜいたく品」を三つ最初に買ったひとの勝ち。]


乱数の派手な飛び交いと、陰湿な(でも実行力にはかなり疑問がある。なぜかというと乱数が強すぎるから)つぶし合い、そして最も重要な「金銭の綱渡り」。基本的には乱数飛び交う死地をいかにしてぎりぎりの所持金で潜り抜けるか、というゲームであってあとはギミックに過ぎないと言ってもよいと思うのですが、ギミックが楽しいので意外に飽きません。こういう「モノをいじくることの楽しさ」を主眼においたゲームというのは確かにほかの媒体を用いてはできないものでしょう。あんまりこうゆうのばっかりでも困るけど。

貧乏ぶりが重要なゲームなんで、3人だとやや緩すぎるかな。5人だとシビアすぎる感じなので、まあ4人ですかね。

Filthy Rich
by Richard Garfield
(Wizards of the Coast, 1998)
★★★
[PR]
by Taiju_SAWADA | 2004-08-15 12:57 | 感想・紹介