2004年 08月 23日 ( 1 )

サンファン San Juan

[Puerto Rico の同作者によるカードゲーム化。工場を建てて原材料を工場に持ち込んで売却して金銭を得て金銭払っていろんな建物(いろんな特殊効果つき)建てて、という流れはプエルトリコを簡略化したもの。カードゲームなので原材料も建物も金銭もカードによって表現される。原材料獲得だったり建物建設だったりのフェイズの流れが、プレイヤーの意思決定によって変わってくるというあたりもプエルトリコと一緒。最終的に建物建設によって得られる勝利ポイントを最も多く稼いだプレイヤーの勝ち。]

確かに詰まらなくはない、というよりも場合によっては積極的にかなり面白いと言う評価を出してしまうことすら可能なゲームではあります。個人的にも、2ゲーム行ってそのうちの少なくとも片方については充分に楽しませていただきました。しかしこのゲームは、その「場合」の範囲において見過ごせない問題を抱えています。

このゲーム、勝つために何をしなければいけないかという点については非常に単純にできていて、要するにそれは「手札をより多く入手すること」。なにしろこのゲームでは「手札」というのが唯一のリソースなのでして、ということは手札をより多く手に入れるために、可能な方法の中から何を採用するのか、というのがプレイヤーが行うべき意思決定の全てとなります。

この単純化はどういう結果になるのか。元となったボードゲームであるプエルトリコにおいては、奴隷・農地・作物・建物(工場)・金銭・そして勝利点が全て別個のリソースとして存在しており、特に金銭または勝利点という「最終的に必要なもの」を入手するためには奴隷・農地・作物・工場の全てを適切に入手し適切に活用しなければならない、という高いハードルが課せられていました。この高いハードルは、プエルトリコというゲームが持つ豊かなプレイヤー間相互作用の源泉であると同時に、所見の人間を思い切り引かせる原因でもありました。ここを取り払うということ自体は、単にひとつの選択であり、「正しい」とか「間違っている」とかいうべきものではありません。プエルトリコの「深さ」を捨てる代わりに、より取り付き易く気軽に遊べるものに仕立てることができるようになる。この時点ではそれだけのことです。

「単にひとつの選択」で済まされない点は、プエルトリコのもうひとつの特徴、より適切に述べるならばプエルトリコからサンファンに引き継がれたほうの特徴にあります。つまりは一つ一つの建物に付与された特殊効果。例によってと言うべきか、「使える」特殊効果と「使えない」特殊効果というのが混在していて、これをきちんと把握していないと、ゲームが成立しません。これを把握するためには、一ゲームか二ゲームくらいの経験は必要となります。まずここで前段との方向性の齟齬が生まれます。

そして更なる問題点。特殊効果(と、ゲームの基本的な了解事項)を把握した時点で、このゲームはほぼ「終わってしまう」のです。理由は二点。まず、特殊効果は(プエルトリコの「金を揃えたら早い者勝ち」方式ではなく)カードのランダム配布方式によって行われるため、戦略の選択は配布されたカードによって大幅に制限されることになります。そしてもうひとつ、前段で述べたように、このゲームにおいて必要なものはとにかく「カード」だけであり、そしてカードの獲得には複数の方法が用意されているため、いったんプレーの方針(つまりは主力となる建物ですが)が定まってしまえば、あとは他のプレイヤーの動向も相互作用も関係なく、ソロプレイ的に結果を出してしまえるのです。

「特殊効果を把握していないプレイヤーが、特殊効果を把握しているプレイヤーと混じった場合、楽しく遊ぶことができない」「特殊効果を把握しきってしまったプレイヤーは、楽しく遊ぶことができない」この二つの但し書きに引っかかりさえしなければ、確かにサンファンは楽しいゲームではあります。しかしこの但し書きは、いくらなんでも狭量に過ぎるのではないかと思うのです。

San Juan
by Andreas Seyfarth
(Rio Grande Games, 2003)
(Alea, 2004)
★★☆
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by Taiju_SAWADA | 2004-08-23 00:17 | 感想・紹介