2010年 08月 23日 ( 1 )

人のオカルトを笑うな

他愛ない定番の話題ってのは普通は単に他愛ないだけなんですけど、その中で妙に鬱陶しいというか嫌な気分になるアレというのもあって、例えば血液型占いなんてのは典型だと思います。人の性格を勝手に四パターンで適当に分けてさ−、んで何が楽しいのか知らないけども当たってるの私は違うのきゃいきゃい言ってて、んで馬鹿らしいとか何とか少しでも否定的なことを言おうものならお前の性根は腐っていてその性根そのものがXX型的だとか更なる泥沼に引きずり込まれ、あーもういい加減なんとかならねえのかその集団オカルトヒステリー、って思いません? 一応我々は学校で科学とか数学とか論理的思考とか習った文明人の端くれなんだし。ねえ?

そこで頷いた貴方。そうそう貴方ですよ貴方。ちょっとこっちに来て頂きたい。

ここにあるのが何か解ります? そうですね、サイコロです。ふつうの6面で1〜6の。じゃ私が何を言いたいか解りますか?

私はね、ボードゲームの人たちが交わす他愛ない定番の話題、その中で妙に鬱陶しいというか嫌な気分になるアレの話をしたいんですよ。一応学校で科学とか数学とか論理的思考とか習った文明人の端くれとしてはいい加減なんとかならねえのかその集団オカルトヒステリー、って思わないといけないはずの。もう解りますよね? 

「自分のダイス目は強いと思いますか?」

でねー。ものすごーくがっかりする事実としてー。合理的近代的科学的論理的個人であるはずの我々ボードゲームびとはですねー。極めて高い割合でこの設問に対して平然と「俺ダイス弱いから−」とか何のエクスキューズもなく抜かしやがるんですよ。そうお前だよお前お前。お前さっき血液型占いの非科学性とかさんざ嗤ったよな? その同じ口でダイスの目の強いとか弱いとか、何それ頭沸いてんの? 馬鹿?

えーと。明らかにこの場で最も頭沸いてるのは私だったので、氷とか角砂糖とか口に入れてクールダウンしてきました。いや、でも言葉の失礼具合の問題こそあれ、主張自体にはかわりありません。オカルト的な可能性を除外すれば、ダイス目が強いとか弱いとか、問題をより明確にするなら議論の主対象にしたいのは「ダイス目が弱い」と言ってる人についてなんですがそれはそれとして、そういうことを言ってる理由として考えられるのは、

・本当は全然そう思ってないけど、なんか理由があってネタとして言ってる。→場の空気に話を合わせるのはそれはそれで大切なことなので。お疲れ様です。「弱い」はまだしも「ダイス目が強い」のほうになると、そう言わなきゃ許されない場というのもきっとあるんでしょう。

・ダイスの振り方がおかしい。→自覚があるかないかともかく、それはイカサマと変わりません。振り方を矯正しましょう。

・(前項の系)ダイスの目を自由に操る手業スキルを持っている。→それは普通にイカサマです。封印しましょう。

・使ってるダイスがおかしい。→RPGとかミニチュアゲームとかと違ってボードゲームでは普通コンポーネントにダイスも含まれますんで、あまりこの可能性は高くないんですけど、該当する場合はあからさまなイカサマです。止めましょう。

・そう思ってるだけで、本当は別にダイスが強かったり弱かったりしてない。

まあ普通に考えれば最後に挙げたものが妥当でしょう。じゃあなんでそういうに思うようになるかというと、比較的健全なのは、決定的な場面で致命的なダイスを振って負けた(あるいは逆に勝った)ことが何回かあって、その強烈な印象が一般化されているというケース。とはいえその印象がダイスを振ること全般に対する態度になっちゃってることは結構あって、そういうシーンに出くわすと「もう21世紀なんだからさあ…」と思います。

一方あんまり笑って済ませられない割と不健全なケースというのは、確率とかよくわかってないがために、ダイスというものがコントロール不能な嫌な何かにしか見えなくて、その婉曲表現…ならまだいいんですけど実際にはそういう何やかやを誤魔化すために「ダイスが弱い」みたいなことを言い出す。じっさい確率ってのはえらく難しい部分を含んでるし色々直観に反していたりもして、わたくしにとっても普通にコントロールし難い何かではあるわけですけども、そうであるならばそのことを認めた上で嫌がるか、なんとかするように頑張るか、諦めつつミステリアスな魅力を持った隣人として付き合うか、というような真っ当な態度というものが様々にあるわけで、逃げを打った上でダイス、もっと言えばダイスを使うゲームの側に責任を覆い被せるのは全くもってよろしくない。

ゲームの側に責任を覆い被せるということで言うと、もっと不健全な理由というのもあって、さっきのパターンよりももっと単純に、出目が悪いのでゲームに負けます、という。本当はダイスを振る前の時点で話にならんのに、幸いにも出目が悪かったのでそういうことにしておこうとか、あるいは別に出目は全くもって悪くないのだけども出目が悪かったのでゲームに負けたことにしておこう、みたいな。いやね、ゲーム作るほうとしては当然そういうシュガーコーティングは考えることではあるんですよ無論。ちょっと話題になったブシロードの方による2010年7月のIGDA講演(講義録→せっき~のゲーム屋さん:気持ちよく「負けられる」ゲームデザイン http://sekigames.gg-blog.com/Entry/102/ )で明言されているとおり、商業ゲームのデザインでは、そういう部分が積極的に組み込まれることが大変多くなっています。ですが、一応シリアスにゲームを遊んでいるはずの人間が、無邪気にそのフレームに乗っかってね、その上でよりによって「だからダイスってのはねえ…」とか言い出すに至っては。振るよりもまず顔面に投げつけてやったほうがそのゲームの為になるんじゃないかくらいには思い悩んだりもするのです。いや本当に。

というところで最初に戻って。血液型占いとかどう思います?
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by Taiju_SAWADA | 2010-08-23 01:29 | うわごと