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非ゼロサム

(* 以下の文章では「ゼロサム」という言葉が頻出しますが、意味の分からないかたは「決まった大きさのパイを奪い合うようなゲーム」だとお考えください。で、1位~最下位までを決定するような普通のボードゲームは「あらかじめ順位が定められており、その中でより良い順位を奪い合うようなゼロサムゲーム」である、というところまで了解していただければ)

交渉もののゲームをプレーしてて時折思うことというのがあって、基本的にボードゲームやカードゲームは「プレイヤー全員が単一のゼロサムゲームに参加している」という構造を取っていますから、そうすると交渉相手も自動的に「有限の大きさのパイを奪い合う競争相手」ということになって、ということは交渉を行った結果、相手にとって有利な事態が発生すると、そのこと自体にのみ着目する限りにおいては、自分にとって不利な結果をになる、ということになります。

無論交渉事というのは両者にとって得になるような状況においてのみ成立するというのが基本ですから、だいたいの場合は相手も自分も浮いて、交渉していない人々が沈む、ということになってくれてじゃあいいじゃないか、とはなるんですが、ただゼロサムの枠がどうしてもあるんで、たとえば相手が極端に浮きになるような交渉を成立させようという発想はでてきません。

で、もうちょっと妙な交渉を有りにできないかなー、というわけです。そこで当然のように思いつく発想で、ゼロサムの構造を取っ払ってみよう、と。

既存のボードゲームにおけるノンゼロサム、というと、

・全員協力ゲーム
・「全員負け」(または「全員勝ち」)という状態が定義されているゲーム

の二種類をとりあえず考えることができます。ただし、「ノンゼロサム前提の交渉」というここで掲げている視点から眺めた場合、これらを採用することには躊躇が生まれます。

まず前者について。「全員協力ゲーム」というのは、実際のところ一人ゲームと大差ありません。全員協力ゲームと一人ゲームの違いというのは、全員協力ゲームにおいては「各プレイヤーが異なる情報を持っており、かつそれらの情報について相互参照が厳しく禁じられている」のに対して一人ゲームではそうではない、というそれだけのものでしかありません(*)ので、交渉をやろうとしてもそれは自分自身と交渉しているのと同じ事で、全ての点が妥結点になってしまいます。

(* 正直なところ、世の全員協力ゲームがそのあたりをどれくらい意識しているのかというのも少々怪しい気がします。「他プレイヤー」という監視者がいないのだから、情報開示の禁止を相当に厳密に行えるようなサポートをルール内に入れる必要があるのに、そのへんをパスして普通のゼロサムゲームと同じようにリソースを扱わせていたり)

後者については、別に前者ほどの問題はありません。特に「全員負け」については、交渉ゲームのなかに普通に取り入れることができるという考え方もありでしょう。ただし個人的に引っかかるのは、もともとゼロサムがベースとなっているボードゲーム・カードゲームに「全員勝ち」とか「全員負け」というようなステータスを入れるのがどのような意味をもつのか、ということです。こういうゲームをプレーしていると、考え方がゼロサムになってしまいます(「普通はそうだ」とまでは主張しませんけど。少なくともわたくしとしてはそうです)んで、そういう頭になっているところに「全員負け」などと言われても、「全員同順位→要するに引き分け」としか解釈できないのです。

というわけで上記のような方法はとりたくないと。さてどうしましょうか。

んで考えたのですが、「ゼロサム」部分を取り払うかどうするかという議論をやるのであれば、「プレイヤー全員が単一のゲームに参加する」という部分を取り払おうという発想をしても別に構わないのではないか。つまりは一つのゲームシステムにおいて、複数のゼロサムゲームが同時に行われている、という状況を考えるわけです。たとえばプレイヤーが6人いるとすれば、プレイヤーA, B, Cの3人によって行われる「ゲームX」と、プレイヤーD, E, Fの3人で行う「ゲームY」に分ける。そして交渉は、ゲームXに属するプレイヤーとゲームYに属するプレイヤーとの間で行うことにします。無論、交渉を成立させるためには、ゲームXとゲームYの両方で使用できるようなリソースを複数種類用意しておく必要があります。

このようにしてしまえば、とりあえず相手がやたらと浮くような交渉を成立させてしまっても、貰うものだけ貰ってしまえば後は「あっち側の世界」の話ですので、とりあえず自分に不利にはなりません(むろん「あっち側」の人々からは恨まれるでしょうから、後の交渉でいろいろあるかもしれず、そのへんがこの枠組の限界ではあります)。今までよりも野放図な交渉を楽しむことができるようになるでしょう。交渉とは直接的には関係ない話ですが、他プレイヤーとの干渉という意味では、「あっち側の他プレイヤーを叩く」という行為がゲームに及ぼす影響についても、通常のゲームとは異なる効果が得られそうでもあります。

難点としては、1回の「ゲーム」において複数の勝利者が出るというのが興を殺ぐのではないかということ、構造上最低敢行人数が4人、できれば6人以上欲しいということになってしまって最近の少人数ゲーム化傾向に逆行しているということ、あと何といってもデザインするときに他のゲームをまともに参照できないので作るのがえらく難しい(←妙な実感が篭ってますが何故でしょうね)、ということでしょうか。でも実際に現れれば面白そうな感じはするし、少なくとも目新しさで一定の注目は得られると思うんですが。
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by Taiju_SAWADA | 2004-08-29 22:13 | うわごと

サンファン San Juan

[Puerto Rico の同作者によるカードゲーム化。工場を建てて原材料を工場に持ち込んで売却して金銭を得て金銭払っていろんな建物(いろんな特殊効果つき)建てて、という流れはプエルトリコを簡略化したもの。カードゲームなので原材料も建物も金銭もカードによって表現される。原材料獲得だったり建物建設だったりのフェイズの流れが、プレイヤーの意思決定によって変わってくるというあたりもプエルトリコと一緒。最終的に建物建設によって得られる勝利ポイントを最も多く稼いだプレイヤーの勝ち。]

確かに詰まらなくはない、というよりも場合によっては積極的にかなり面白いと言う評価を出してしまうことすら可能なゲームではあります。個人的にも、2ゲーム行ってそのうちの少なくとも片方については充分に楽しませていただきました。しかしこのゲームは、その「場合」の範囲において見過ごせない問題を抱えています。

このゲーム、勝つために何をしなければいけないかという点については非常に単純にできていて、要するにそれは「手札をより多く入手すること」。なにしろこのゲームでは「手札」というのが唯一のリソースなのでして、ということは手札をより多く手に入れるために、可能な方法の中から何を採用するのか、というのがプレイヤーが行うべき意思決定の全てとなります。

この単純化はどういう結果になるのか。元となったボードゲームであるプエルトリコにおいては、奴隷・農地・作物・建物(工場)・金銭・そして勝利点が全て別個のリソースとして存在しており、特に金銭または勝利点という「最終的に必要なもの」を入手するためには奴隷・農地・作物・工場の全てを適切に入手し適切に活用しなければならない、という高いハードルが課せられていました。この高いハードルは、プエルトリコというゲームが持つ豊かなプレイヤー間相互作用の源泉であると同時に、所見の人間を思い切り引かせる原因でもありました。ここを取り払うということ自体は、単にひとつの選択であり、「正しい」とか「間違っている」とかいうべきものではありません。プエルトリコの「深さ」を捨てる代わりに、より取り付き易く気軽に遊べるものに仕立てることができるようになる。この時点ではそれだけのことです。

「単にひとつの選択」で済まされない点は、プエルトリコのもうひとつの特徴、より適切に述べるならばプエルトリコからサンファンに引き継がれたほうの特徴にあります。つまりは一つ一つの建物に付与された特殊効果。例によってと言うべきか、「使える」特殊効果と「使えない」特殊効果というのが混在していて、これをきちんと把握していないと、ゲームが成立しません。これを把握するためには、一ゲームか二ゲームくらいの経験は必要となります。まずここで前段との方向性の齟齬が生まれます。

そして更なる問題点。特殊効果(と、ゲームの基本的な了解事項)を把握した時点で、このゲームはほぼ「終わってしまう」のです。理由は二点。まず、特殊効果は(プエルトリコの「金を揃えたら早い者勝ち」方式ではなく)カードのランダム配布方式によって行われるため、戦略の選択は配布されたカードによって大幅に制限されることになります。そしてもうひとつ、前段で述べたように、このゲームにおいて必要なものはとにかく「カード」だけであり、そしてカードの獲得には複数の方法が用意されているため、いったんプレーの方針(つまりは主力となる建物ですが)が定まってしまえば、あとは他のプレイヤーの動向も相互作用も関係なく、ソロプレイ的に結果を出してしまえるのです。

「特殊効果を把握していないプレイヤーが、特殊効果を把握しているプレイヤーと混じった場合、楽しく遊ぶことができない」「特殊効果を把握しきってしまったプレイヤーは、楽しく遊ぶことができない」この二つの但し書きに引っかかりさえしなければ、確かにサンファンは楽しいゲームではあります。しかしこの但し書きは、いくらなんでも狭量に過ぎるのではないかと思うのです。

San Juan
by Andreas Seyfarth
(Rio Grande Games, 2003)
(Alea, 2004)
★★☆
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by Taiju_SAWADA | 2004-08-23 00:17 | 感想・紹介

なきごと

登録する前に調べておけという話ではあるんですけども。

まさかここまで使えないシステムだとは思わなかったよう。

腐ってる! 腐ってるよExcite Blog!

とにかく記事の検索性がゼロに等しい。
いったん埋もれたが最後、まともに記事を見つけるのは不可能と言っていい。
あー。PukiWikiのほうについでに記事も書いたほうがよぽど良いんじゃじゃないのか。

というわけで、まだしばらくはこっちで続けますが、そういうことになる可能性が高いという点につきましてはご了承ください。
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by Taiju_SAWADA | 2004-08-15 13:27 | うわごと

チョコ・アンド・コー Schoko and Co.

えらいこと残忍なビジネスゲーム。カカオを入札で買ってチョコレートに加工して売却するというだけの流れなんですが、最も重要な点は加工に必要な人件費の高さと、チョコレート売却価格の不安定ぶり。不安定と言うのはまあ乱数を使ってはいるのですが、使い方が凝っていてむしろスキル差を強調するような結果になっている。問題点と言えばあまりに凶悪すぎる点で、差がいったん開くと縮めるのはまあ確実に無理かなと。何せ序盤の一ターンであっさり再起不能まで落ち込めますから。あとはイベントカードの使い方が、このあたりはさすがに昔のゲームと言うところで。だいぶ雑です。問題といえばかなり問題のあるデザイン。でもここまで残忍だとそれはそれで有りという気になってくるから不思議。

Schoko and Co.
by Yves Hirschfeld and G. Monnet
(Schmidt, 1987)
★★★
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by Taiju_SAWADA | 2004-08-15 13:04 | 感想・紹介

ジャンク Dschunke

[色々な船から色々な商品を入手して売り払って勝利点を得るゲーム。全員一行動→全員商品追加補充→売り払い。で一ターン。これを繰り返し。行動は「船から商品補充」「船から勝利点獲得」「船から荷物積載」から選択(どの船で行動を起こせるか、はターンごとに変わる)。商品や勝利点を選択した場合、得られる量は、それまでにその船に積んだ(有効な)積荷の量で決まる。売り払いフェイズでは、全員で入札を行い、各商品につき最も多い枚数を提示したプレイヤーが勝利点を獲得する。問題は、競り勝てなかった場合も提示した商品は没収されてしまうことで、このおかげで色々な思惑が錯綜することになる。]

素性の悪いゲームでは決して無いと思う。思うんだけどもどうも乗れなかった。理由は割とはっきりしていて、このゲームは各ターンに一通りのことを行って収支出して10ターン構成、というふうになってんだけども、そのターンごとの収支があまりにもくっきりしすぎてるのです。ちょうど「アッティカ」の感想文で喋ったのと逆のことが起きてる。一応、後のターンを見越した投資のようなこともできるようにはなってるんだがー、実は「ジャンク」では自分が後々どういう行動を取れそう(とる権利を獲得できそう)かという点について相当に正確な見通しが立てられるようになっていて、でその仕組みが、少なくともこの論点については逆効果になってる。「将来に賭けてリスクを取る」ものであるはずの投資が、ちょっと慣れればあっさりと現在価値に割り戻されて計算されてしまう危険。

他にも、いろいろと「こうすればああなります」というのが明確なつくりになっていて、そういうのが好みの人ももちろんいっぱいいるんだろうけれど、わたくしは主に上記の理由から、このゲームに関してはもう少し乱数でぼかして仕上げるべきだったのではないかと考えます。

Dschunke
by Michael Schacht
(Queen, 2002)
★★☆
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by Taiju_SAWADA | 2004-08-15 13:03 | 感想・紹介

アッティカ Attika

[タイル置き。手番になったら、「自分専用のタイル山からタイルを2枚めくる」か、「既にめくってあるタイルを3枚まで置く」か選ぶ。タイルを全部置ききれば勝ち。タイルを置く際にはコストを払う必要があり、置きたいマスに描かれているフリー資源か、または手元のカード(行動をパスすると貰える)で支払いを行う。というわけで良い資源のあるマスを早い者勝ちで奪い合いたいのだが、一方で、「タイルを一定の順番で置くとコストが只になる」というルールがあり、これを狙ってタイルを引き続けるという方針も考えられ、さてどうしたものか。]

「新しい」とまでは言わないものの、現在の主流から外れた(*)システムを意図的に採用し、結果を出していると思います。

派手な一発逆転が存在しないので、終盤にさしかかったあたりで上位とだいぶ離されていたりすると、モチベーションがだいぶ落ちてしまうというのは難点であって、さらに言えば「派手な一発」が存在しないということはそれ自体が「地味」ということにもなってしまうというところはあります。とはいえ、それはこのゲームでは致命的な弱点になってはいません。

点差と言うものが、単に毎ターンの得点差を積み重ねた結果の現れだったとすると、いちいち毎ターンの行動の正否を確認しなければならず、さらに、今回のターンの失敗をリカバーするには、今回のターンと基本的には繋がりのない「次回のターン」の得点をどうにかするしかありません。ということは「今回のターンの負け」は確定事項であって、基本的に取り返しがつかず、そしてその事実は毎回のターン終了直後に突きつけられてしまいます。

アッティカにおける「点差」というのはそういうものではなくて、最初に採用した戦略がタイル引きの結果あるいは他プレイヤーの動向によって変更を余儀なくされる、そのタイミングをどれだけ正しく見積もったのかという成績(いや、単に引きがものすごーく悪かったとか良かったとかそれだけかもしれないんだけど)が、中盤の終わりから終盤にさしかかったあたりで、初めて明確なものとなって現れるのです。もしかすると、得点と言うものが明確なものとして始めて意識される時点を、このゲームにおける終盤の始まりとしてみるべきなのかもしれませんが。いずれにしても、それより手前の時点においては、自分のとった行動の良し悪しは、予感として現れ、それ以上のものには発展しません。予感された失敗の少なくない部分は、何らかの形でリカバーをとることによって「なかったこと」にしてしまえます。

そして結果が現れた時には、プレイヤーは自分の失敗(いや、単に引きが以下略、という考え方も勿論ありだが)を思い返すことになります。それはリカバーに失敗したために顕在化したのかもしれないし、リカバーがそもそもできないような大きな失敗だったのかもしれないし、そもそも戦略自体に無理があったのかもしれないし、単に運が悪かっただけなのかもしれない。でもはっきりしていることは、そこで思い返される失敗というのは「大きなものがひとつかふたつ」という形をとるということです。

前者と後者で何が違うのかというと、今回のゲームの終盤においてやる気がなくなるという意味では別に何も変わらないんだけれども、次回以降のゲームに対するモチベーションが違います。前者だと「なんだか全体的に駄目だったよねー」で終わってしまいますが、後者ならば「今回はここが駄目だったので次回はそのへんを意識してみよう」ということになります(**)。アンチクライマックスは勿論欠点でしょうが、後者の場合にそれが致命的なものとはならないのは、ゲーム自体への信頼までは揺らがないからでしょう。

というわけで比較的健全な上達意欲を喚起するゲーム(***)。ルールも充分に平易で、誰にでも安心して薦められます。メルクレは創作姿勢まで含めて信用できるデザイナーだと思います。

(*)というほど「現在の主流」を追いかけている訳じゃないんですけど、「自分のタイルを(時間コストを払って)手元に引き寄せてから置く」「全部置けば勝ち」という基本ルールを採用したゲームというのは、一見多いように思え、しかし考えてみると全く思いつかなかったのでこう書いてみました

(**)もっとも、そのへんを意識して次回のゲームに臨むと今度は別のところで問題が発生する可能性があり、上達意欲が必ずしも短期において直線的に上達に結びつくかというとそうでもないかもしれない

(***)わざわざ「健全な」と入れたのは、特にこのクラスのゲームにおいては「上達意欲」というものが必ずしも良い方向に作用するとは限らないからです。始まる前から結果の分かっているゲームなぞ誰がやりたいんかね、っつう話。

Attika
by Marcel-Andre Casasola-Merkle
(Hans im Glueck, 2003)
★★★
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by Taiju_SAWADA | 2004-08-15 13:01 | 感想・紹介

オアシス Oase

[土地を入手して、その土地用の商品を手に入れて、勝利点=土地面積×商品数というゲーム(土地は4種。なので商品も4種)。特徴的なのは行動決定フェイズで、まず全プレイヤー、自分専用の山札から、行動カード(土地1マス広げるとか商品2つ貰うとか)を1枚ずつ最大3枚までめくる。次に、行動順の早いプレイヤーから順に、他プレイヤーのめくった行動カードセットのうちから一組選び、カードの内容を実行する。でもって、行動順1番のプレイヤーに選ばれたプレイヤーは次のターンでは行動順1番になり、以下同様。]


オファーをかけて行動順を獲得するというこのゲームの根幹システムが正直微妙なのかも、婉曲表現を用いずに言えば癌なのかも、という気はわりと強くしていて、というのはこのゲームでは「行動順トップ」を取らないと意味が無く、さらにその行動順トップを得るためには「特定の一人の気を引く」ことだけが重要になっている。したがって、有効なオファーの方向性が一定になってしまう。それだけならまだいいが、その「オファーのかけかた」であるところの1/2/3枚メディチシステムは、このゲームの「なんとしてでも特定の一人の気を引く」というのとはあまりにも食い合わせが悪い。目指すべき方向性がひとつしか存在せず、しかも「一着狙いか降りか」しか無いのに、手(つうかめくったカードですけど)の修正が効かないというのはあまりにもあんまり。1枚目をめくった瞬間に「トップ取れそうか?(勝負すべきか否か?)」ということがかなりの程度分かってしまうのは、いくらなんでも無しでしょう。

Oase
by Alan R. Moon and Aaron Weissblum
(Schmidt, 2004)
★★
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by Taiju_SAWADA | 2004-08-15 12:58 | 感想・紹介

フィルシーリッチ Filthy Rich

[看板を買って通り(1番地から9番地まで)に置いて、客が来る(サイコロ振って1から9まで)のを待つゲーム。看板には初期コストと税金(サイコロで0が出ると払う必要あり)と、客が来たときの収入、その他特殊能力などが書いてある。看板を置く際、他人の看板に覆い被せるような形で置くことにより、他人の看板を無効化したりもできます。お金を稼いで「ぜいたく品」を三つ最初に買ったひとの勝ち。]


乱数の派手な飛び交いと、陰湿な(でも実行力にはかなり疑問がある。なぜかというと乱数が強すぎるから)つぶし合い、そして最も重要な「金銭の綱渡り」。基本的には乱数飛び交う死地をいかにしてぎりぎりの所持金で潜り抜けるか、というゲームであってあとはギミックに過ぎないと言ってもよいと思うのですが、ギミックが楽しいので意外に飽きません。こういう「モノをいじくることの楽しさ」を主眼においたゲームというのは確かにほかの媒体を用いてはできないものでしょう。あんまりこうゆうのばっかりでも困るけど。

貧乏ぶりが重要なゲームなんで、3人だとやや緩すぎるかな。5人だとシビアすぎる感じなので、まあ4人ですかね。

Filthy Rich
by Richard Garfield
(Wizards of the Coast, 1998)
★★★
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by Taiju_SAWADA | 2004-08-15 12:57 | 感想・紹介

欧州ゲーム屋紀行:落穂拾い編(プラハ・ブダペスト)

ゲーム屋紀行さいすーかいです。

(写真はまた後ほど)

ブダペスト

残念ながら調査不足のためボードゲームのお店は発見できず。

しかし現在ブダペストはどうやらRPGブームの真っ最中らしく(日本における九十年代前半みたいな感じでしょうか)、普通の書店にDandD 3rdのハンガリー語訳が置いてあったりします。西駅(ブダペストのメインステーション)の小さな書籍販売コーナーにまで売ってるのを見たときにはさすがに驚きました。この感じならそういう店の一軒くらい間違いなくあると思います。
そういえば、関係ない話になりますがSFも人気があるようで、アシモフの本はどの本屋にも置いてありましたし、駅ではオーソン・スコット・カードの新作のポスター広告なんてものもあったりしました。何か両者の間には関係があるのでしょうか。



プラハ

ここも調査不足(なにせ日帰りだったので)でお店は発見できなかったのですが、ヴァツラフ広場沿いの大きな本屋でドイツゲームを発見しました。本屋においてあるくらいですから、専門のお店も当然あると考えるべきでしょう。(あるいは玩具店にたくさんおいてあるのかも)

PALA'C KNIH LUXOR

Vaclavske Namesti 41
Nearest Station: Muzeum (Metro C) [10min]
http://www.dumucebnicaknih.cz/
8:00-20:00

ヴァツラフ広場沿い。Ramada Grand Hotel Symphony の隣。
プラハではたぶん5本指くらいには入るだろうと(根拠は無いけど)予想させるような大きな書店です。間口はあんまり広くなかったりするんですけど、入ってみると奥がかなりあります。東京の本屋で言うと、池袋西武のリブロくらいの広さはあるかもしれません。

ボードゲームについてはなにぶん書店の一角に置いてあるだけということで、あまり期待すべきようなものではありませんが、まあ東急ハンズよりは少し豊富かな、くらいの品揃え(但しドイツ系しかありません)と思っていただければ。写真(ぴんぼけ)に写っているのでほぼ全部です。あとはHABAのゲームがいくつか子供コーナーのところにおいてあった程度。

ちなみにこの本屋にはRPGは置いてありませんでした(ドラゴンランスの小説とかはあったけど)。
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by Taiju_SAWADA | 2004-08-09 22:08 | 雑題