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メモ/Rather Than Our Poor LIFE

昔々。"More Knizia rather than our poor LIFE!" という惹句が廿四時のトップを飾っていたことがあって、今でもこの言葉は気に入っているんですが、しかし我々のものである(でもほんとうは誰かに押しつけられた)人生という名のゲームの苦渋を Knizia にばかりなんとかしてもらうのもどうか。ということで、まあそのうちやるかもね、というメモです。

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賽を投げて駒たる自らの人生を前進させる。「駒たる自らの人生」としている以上、駒とはつまり私である。駒の人生の勝敗は財の多寡によって決定される。しかし私は必ずしも自分の人生を前進させたいわけではなく、場合によっては後退したいかもしれないし(確かに後退は不可能ではあるかもしれないのだが)、あるいは自らの前進を犠牲としてでも誰かの前に立ちはだかる必要が出てくることもあろう。

何より、私の人生の勝敗は必ずしも財によっては決定されず、従って私と駒は少なくとも暗黙的には同一ではない。ここで選択肢としては「私の人生の勝敗を経済問題として設定する」「駒の勝敗を経済問題として設定する」「私と駒を同一視しない」の三つが挙げられるのだが、人生という名の社会設計に対する修正を最小限に留めるというのが問題設定だった以上、言って経済による勝敗の決定は所与の条件とされるべきであり、むろん私も自らの人生に妥協するつもりは無いので、結論として私と駒とは同一視されないことになる。ところで言うまでもない蛇足ではあるが、この議論はそもそも前提が間違っており、しかしそのこと自体は取り立てて問題とはならない。私の人生の話など別にどうでもよいのだ。

整理しよう。私は駒の動きを俯瞰し、駒に対して指示を出すことができる、あるいは指示を出したい。勝敗は経済によって決定される。私は駒ではない。では私は誰になるべきか。答えはこれ以上なく明白で、私は家であるべきなのだ。私は家であるがために駒の動きを俯瞰し、駒に対して指示を出すことができ(しかしその指示は不完全にしか行えず)、そして家の勝敗つまり浮沈は所属する個人の幸福とは何ら関係なく当然のように経済によって決定される。きわめて明快な対応である。

この観点からは、「人生」という単数形の概念について批判的検証が不可欠となろう。私は家として彼の人生を操作するので、事は彼だけの問題ではない。彼が自分の車に子供を載せようとするとき、あるいは彼が人生の終端において子供を彼の私有物として清算しようとするとき、私は断固として彼の手から子孫を取り戻し、親からは独立した、家には帰属する個人として、私の新たな駒になってもらわなければならない。

その意味で言えば、元々の社会設計においても、「人生」とは個人についてのゲームではなかったのだ。我々が行おうとしているのはつまり、核家族を単位としたルールから、大家族を単位としたルールへの移行なのである。これは退行だろうか? 私はそうではないと考える。現在という時代においては既に核家族自体が過去のものとなりつつあり、個人をベースとしたルールが制定されつつある。しかし、その新しく設計されたゲームたるや、玩具店で誰の目にも触れず野晒しにされることこそが相応しい。人生そのものが価値のないものとしてあらゆる人々に放棄されてしまう前に、このような低俗化には断固として否を突きつけねばならない。ならばこそ、これまで常に現代化を旨として行われ続けてきたルール変更を御破算として美しい過去に回帰するという提案にも、単にノスタルジーに終わらない意味が生まれようというものだ。

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ところで「our」poor LIFE, なんで my poor LIFE じゃないのかという突っ込みについては、ひっじょーに答えづらい(当時こう書いていたというのが正直なところ)んですが、とりあえず LIFE の屑っぷりはわたくし個人でなく我々みんなの問題なんだということでいかがでしょう。 LIFE が Lives じゃなくて LIFE のは言うまでもないですよね 。
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by Taiju_SAWADA | 2006-07-31 01:21 | 創作関連

「ルール和訳の網」の廃止と移管を行いました

廃止しマース、と言ったまま一年以上放置していたルール和訳の網ですが、 Table Games in the World の小野さんに引き取っていただける運びになりましたので、晴れて本日付で廃止と相成りました。

当該ページのアドレスは
http://www.tgiw.info/data/translation.html
となっています。

現状ではWindows IEのみ対応となっている模様なのでご注意ください。

あと、「おれも移管てえ!」という方や、別に移管はしたくないけどローカルで情報を持っておきたい方のために、移管用で小野さんにお渡ししたテキストファイルを下記アドレスに公開しておきます。うるさいこと言う気は毛頭無いのでご自由にお使いください。
http://f28.aaa.livedoor.jp/~gamelink/TranslationWeb200607.txt
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by Taiju_SAWADA | 2006-07-28 00:12 | 更新通知

箱を切る

ゲーム会行って来たんすよ。会が終わると定食屋とか喫茶店とかで、Mayaは佳作だねとかCretaは中々のもんだけどDorraってこんな巧かったっけとかJohn Silverは妙に解析心を煽るゲームだとか、ま話したり話さなかったりするわけですが、そんななかで収納の話題が出たと思ってください。

「箱切ってる人いるじゃないすか。」

昔から僕はあれが羨ましくて仕方なかったのです。でも自分じゃ『絶対に』あんな綺麗には切れないのは最初から解ってるから、あの半分に切れた箱のことはシンデレラよろしく日を跨いだら忘れることにしてたのですが。でも家に帰ってから気づいたんです。これはあくまで収納の問題なんだから別に綺麗に切らんでよいのではないか。どうせプラスチックケースに移すなら箱は捨てるんだし。

というわけで私は心配するのをやめて箱を切るのを愛するようになったのです。

さて。綺麗に切ればきっと綺麗に切れるわけですがそこまでする根性は無い。雑に切るくらいはできるけどどんなものが上がってくるか怖いので試せない。という貴方と私のために、ここで箱の雑な切り方とその結果について公開してみようと思います。

以下のレポートは、箱切り暦一箱の筆者が二箱目として行った試行に関するものです。条件としては「使用する道具はカッターナイフ、鉛筆、カッターマット代わりの段ボール箱」となっています。定規は部屋に無かったので使っていません。

ということで題材はこちら。

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皆様お馴染みの名作サンクトペテルブルグでございます。お前これカードゲームに厚紙くっつけただけじゃねえか無理矢理単価上げようとしてるだろ、という点でも話題になったゲームであり、正に今回のテーマに打ってつけと言えるでしょう。

まずやるべきことは、どれくらい高さを削っても内容物梱包の観点から見て問題にならないか計測することです。ということで箱の中身を全部出し、プラスチックの梱包材は躊躇無く捨て、必要なものをそれぞれビニール袋に詰め替えて、もう一度箱にしまいます。

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こんなかんじ。なおビニール袋に詰め替える際は、通常選択するよりも大き目のビニール袋を選んだほうが厚みが減って良いです。というのはつまり、箱を切って圧縮できるのは高さであり、面積のほうは調整できないので、内容物は可能な限りフラットな形でしまいたいんですね。小さめの(内容物を収めるのにちょうどのサイズの)袋だと、平たく押しつぶすことができなくなってしまうのでこの点で不利です。

ということで箱にすべて詰めると必要な高さがわかりますので、これを基準にどこまで切るか決めて下箱にマークします。

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マークは四隅にはつけません。下箱の四隅から任意の一個の角を選んで、これにマークするだけです。

マークが終わったらカッターの登場。さっきマークしたところから切り始めます。

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ちなみにこの写真では、角の線を切った(上図)あと、角の左側のラインを切り出していますが、これはわたくしが左利きなためです。右利きの人は右側を切るほうが楽だと思います。

で、ここでやることは角周辺を切るだけなので、結果は下図のようになります。

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この切り抜いた台形の厚紙が大事。こいつを用いて、ほかの三つの隅をマークしていきます。

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こんな具合。切り抜いた厚紙を型として当てるので、切り取る高さが同じになることがそれなりに担保されることでしょう(定規があったとしても、高さの決定はこの形で行ったほうがよいと思います、と中学校の授業で習ったような気がしました)。下箱の高さ揃えを蔑ろにして作業を進めると、仕上がりが思い切り斜めの箱になったりして収納上の問題があり結局もう一度切り直し、みたいなことになるんで、ここはある程度まじめにやったほうがよいです。

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そして四隅を切り抜いたら、隅じゃない部分をざっくりと切りとります。切るためにはまず切断線を描くんですけどここが定規がないのが恨めしいところで、しょうがないのでさっきの台形の切抜きを使ってプロットしつつ、あとはもうどうでもいいやという按配でフリーハンドで引きました。

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かなり動揺が見える線です。つうか引く意味あんのかこんな線。いや意味はあるのです。要は箱が斜めにならないためには、辺の高さが四隅の高さを越えないようにすればいいんであって、こんな線でもそのチェックとしては十分使えます。

定規持って来いよ。いいから。

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でも定規無いのでとっとと切り出してしまいますフリーハンドで。ただしこの実際に切る部分については、線を引くときに使うような長い定規は反対側の角にぶつかってしまって役に立たないと思います。使うなら短い定規を切断線に合わせて使うようにしましょう。あとフリーハンドでも割となんとかなります。なんとかなったと思ってるのは僕だけかもしれませんけど。

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注意すべき点としては、反対側の隅がとにかく邪魔なので、真っ直ぐ最後までカッターの刃を進めることはかなり無理だということが挙げられます。どっかで箱を回して反対側から切り直さないといけない。このとき切り目がきちんと合ってないと美的には問題のある結果になります(が僕はもちろん気にしません)。

さて、長辺を切り落とした結果、即席の定規が手に入ったので以降はフル活用していきましょう。

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つっても前述の理由により、結局切るときはフリーハンドです。

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あとはこれを繰り返せば下箱は終わり。仕上げ処理とかしません。

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上箱も基本的にはまったく同様の手順で行います。注意点としては、上箱は下箱と同じ高さに切るか、あるいは同じ高さに切る自信(または高さが合わなかった場合にもう一回作業を繰り返す覚悟)が無ければ、少し深めに切る(できた上箱は下箱より低くなる)必要があります。その点だけ押さえておけば、下箱のように「いい加減に切ると箱が斜めになる」ような問題は発生しないので、下箱よりもラフに作業してしまって構いません。

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まあラフに切ると上図のような事態も発生しますが、これくらいのことを気にするなら箱なんか切るな最初から。と予め言い含めておきましょう。

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というわけで、全工程一時間くらいで作業は完了します。今回はひゃくえんのカッターを使ったので時間がかかったり手がものすごく痛かったりしていますが、もう少し立派なカッターを使えば作業時間も半分くらいに短縮できるんじゃないかと。きっと手も痛くなったりしないでしょう。

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結果についてはご覧になった方がそれぞれの感想をお持ちになればよろしかろうと思いますが、作業者個人としてはかなり満足です。だって嵩が半分以下になったですよ? 切り口がどうとか本気でどうでもいい。
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by Taiju_SAWADA | 2006-07-16 23:44 | 雑題

手荷物検査 Hart an der Granze

[税関を通して良いものと良くないものが混ぜこぜになって手札にやってくるので、まぜこぜにしてトランクに突っ込んで蓋をして、「俺はテキーラ三本しか詰めてません」(今でも酒三本免税制ってあるんだっけ?)と言い張りましょう、というゲーム。査察官はターンごとに持ち回りで誰か一人が担当。最も怪しそうなところ一人に対してのみ(使い切りのアイテムを使用した場合のみ複数人可)査察を行います。査察を受けた場合、おとなしく没収されるのではなく、査察官に賄賂を払って合意の上で切り抜けてもよし。手札は常に一定枚数になるようにターンごとに補充。全員が三回査察官を担当した所でゲーム終了、より価値の高いものを通した人の勝ち。]

うーん。楽しいか楽しくないかつうと楽しいんですけどー、なんかルールいろいろ無駄なんじゃないのかなー、という気がしないでもありません。というのは別に余計な枝葉がどうとかいつも愚痴ってるようなことではなくて、なんというか、その、ルールの根幹が。

基本的に額面の小さい物埋めても儲けにはならないってのと、額面の高い物埋めるためには額面の高い物引かないといけなくて、で額面の高い物引くためには手札を回さないといけないので、さらに言えば額面の高い物埋めたってペナルティを受けることはそうそう無いし、となれば基本はみんな全勝負ということに流れがちです。あとは開けるほうが誰か(つまり全勝負をかけてるプレイヤーのうちの誰かということですが)に数回連続で放火して牽制をかけることで、一時的にその放火対象のプレイヤーの全勝負を止めることは可能だと思うんですが、問題はそれやってると他のプレイヤーが、【全勝負を基本スタンスとしていないプレイヤーでも】全勝負に流れるでしょう。そうすると、既に放火していて沈んでるプレイヤーに追い打ちをかけるのは、他のプレイヤーを単に利するだけで(他のプレイヤーは一回も沈まないわけですから)あまり良い姿勢であるとは言えない。そうなるとやっぱり全勝負が基本だよなー、となります。特に周りが全勝負となると、一人だけで地味な態度を取るのは何の意味もない。

一人か二人だけ枚数で突出して目立っていると査察を食らうんでそこでルール上の規制がかかっている、というのがデザイナーの意図なんだろうと思いますが(もしかして期待値換算して一人か二人突出の場合はそっちのが不利、とかやってるのかもしれませんが)、ちょっと不十分なんじゃないのかしら。仮にそういう意図だとして、全員全勝負だとやっぱりどうやったって解消はされないし、そうでないとしても高い物が来たら当然埋める訳で、あとは他の物も埋めて枚数を回して査察上等で勝負するか、高いものだけ埋めて枚数を目立たなくしてそのかわり高い物がくる確率の減少は甘受するか、その二択で戦略を決めてあとは山から引き勝負(ともう一個、ゲームの根幹とはあまり関係ないけど得点上は有用な要素があるんでそっちで勝負)、ということになってしまってそれはデザイナーの選択としてどうなのよ。と。

繰り返しますが、楽しい事は間違いなく楽しいんです。箱にカード詰めて差し出して「俺だけは今回真実です」みたいな目の泳がせ方をする瞬間とか。少なくともそういうプリミティブな楽しさがルールによってスポイルされているってことはないんで、最低限の仁義は切ってあるとは言える以上、「それで充分じゃね?」と納得できるならしてもいいんですが。でも僕としてはこのゲームは少し頼りすぎてるという印象を持っています。

Hart an der Grenze
by Andre Zatz and Sergio Halaban
(Estrela, release date unknown, as Jogo da Fronteira)
(Kosmos, 2006)
★★☆
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by Taiju_SAWADA | 2006-07-10 00:36 | 感想・紹介

エグザクティカ Xactika

[ノートランプマストフォローの宣言ジャスト狙い系トリックテイキング。特徴はカードに記載されたスートが複数(12スート存在し、うち4スートが記載)。カード出すときに、そのカードに書かれた四つのスートのうちひとつだけ指定。ルールは以上です。]

結論だけ先に書くと面白かったんですけど、どう面白かったかという話になると説明がしづらくて。一つ言えるのはとにかく解りやすいゲームだということですかね。そもそもトリックテイキングは歴史の古さとかルール自体の構造とか複数の理由により御作法化しがちであり、かつプレー人口の多さとかドイツ人がアレだとかそういう理由により変態化しがちでもあって、結論としてどうなるかというと楽しみ方が込み入りがち。きちんとこうなってああなってそれがどうなるからつまりはそうなるからなるほどこれは確かに最高に素晴らしい、って遠くに行き過ぎです帰ってきてください。無論そこでお前らがこっちまで来いという論を立てる事も可能ではあるんですが、ことトリックテイキングに関して言えばそこまで行くの面倒だし入り口付近で遊んでいたいなあというのが個人的な事情でもあります(別にどのジャンルだって入り口に愉快なアトラクションが置いてあるのがきーわーめーてー大事だってことに変わりはないんですけど)。

さて何が解りやすいかというと、必ずしもルールが解りやすいというわけではなく、いやルールだってトリックテイキング知ってれば全然解りやすい部類だとは思いますがそれでもホイストもブリッジもブラックレディもルールなら十分解りやすいんで、ここで言いたいのは遊びどころ、というか悶えどころ。「このトリックは取れるけど取っていいんだろうか取ったけどこれでよかったのか」「トリックを取ったのでリードなんだけど次のトリックは取りに行くべきだろうか、あるいはここは降りて他人のリードを掬うべきだろうか」「そろそろトリック取れないと展開的に不味いけど取れるのかなあ」「ここでトリック取らされるのは早すぎるんじゃねえのか」「最終トリックは一応負けられそうな(あるいは勝てそうな)カードを残せたけど実際どうなるかは祈るしか無いし」と、まあ宣言ジャストものであればそうあるべきである、というような要素はきちんと一通り【誰にでも解る形で】用意されています。

用意されているだけでなく、あるべき形で用意されている、というところが大事で。つまり、コントロールできそうな部分と祈るしかない部分の配合が正しく行われており、トリックごとの状況の変化が急すぎず緩すぎず、とりわけ、早い段階における突然死ないし勝ち確定がほぼ無いので全員が最終トリック近くまで不安ないし期待を持ちつづけることができます。

ルールとして効いているのは、まず複数スート選択制であることを生かした数値の配分。あるスートは低めの数値に寄っていて別のスートは高めの数値に寄っているので、同じカードでも、勝ちに行きたい使い方と負けに行きたい使い方のどっちにするか悩む事ができます。無論マストフォローの縛りによってカードは変なところで徴発されますし、ノートランプなんで微妙な数値のカードでも結構勝てたり(勝ててしまったり)して、コントロール可能/不能感の演出がされているあたりは如何にも正統的なトリックテイキングちゅうか。当然このあたりのルールが生きているのはジャスト宣言物を選択しているからということでもあります。そして何より大きいのは、同値カード後出し優位の法則。このゲームは同値カードが割と大量にあるんで、トリック数のコントロールのために、リードを取ったけど一旦抜けて後で他人のリードを掬いに行こう、という選択がかなり効きます。逆にこのルールにより、別にそれほど強いわけでもないカードなのに手番の関係でうっかり拾ってしまったり、というナイスな事態も発生するでしょう。

総じて(複数スート選択制というゲームの根幹を除いては)奇を衒うようなルールは排除されており、その上でトリックテイキング標準ルールオプション選択チェックシートの中から全ての分岐で正しい選択肢にマルをつけているなー、という印象を受けました。トリックテイキング特有の技量がどうこうという点に囚われず誰でも楽しく気軽に悶えましょう、という視点で堅く作られたウェルメイドな傑作だと思います。

Xactika
designer unknown
(SET Enterprises, 2002)
★★★☆
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by Taiju_SAWADA | 2006-07-10 00:36 | 感想・紹介