<   2009年 01月 ( 1 )   > この月の画像一覧

Master Builderの失敗について

最初は単にどっちでもいい、無くても誰も困らないゲームだと思ってたんですが、後で少し振り返ってみて、このゲームの試みと失敗についてはきちんと触れておいたほうがいいんじゃないかと思うようになったのです。

システム云々の話を脇に置くとしてこのゲームの何が一番不愉快かというと、コンポーネントの質が低い。いや、別に他のゲーム、コンテナでもタイタンでもいいですけど、そういうものに対してこのコンポーネントなら充分に及第点です。でもこのゲームの場合、企画自体が「ゲームが終わるとすてきなペーパークラフト村ができあがります!」というものなのでして、であればペーパークラフトはきちんとHABA品質で仕上げて、厚紙を抜くところから愉快が始まっていないといけないわけですよ。企画自体は悪くないのに、メーカーが自分たちの企画の意味をわかってない。ルールゲームとして面白いかつまらないかなんてことは二次的要素に過ぎず、プリミティブな喜びをプレーヤーにいかにして与えるかというところに全力を注がないといけないのに、普段のゲーマーズゲームと全く同じ発想で組み立てている。根本的にこういうゲームを作る資格がこのメーカーにはありません。

企画とずれたことをやってるのはメーカーだけじゃなく作者にも問題ありで、折角のペーパークラフト村も単につくるだけで全く生かしていない。ただ労働力を集めて、組み立てて、テーブルに置くだけ。教会の隣に広場がほしいよねー、とか、開店したレストランに村人を並ばせてボーナス点、とか、村を生きた物にするための工夫がない。勝敗自体への影響は微々たるものであっても別に構わないし、そのためにルールがちょっと「不必要に」複雑になったっていいんです。それはルールゲームとは別の意味で絶対に必要なことなんですから。

なんかやりたいこととやってることが噛み合ってないなー、という切なさはルール/システムのほうにも見受けられます。ゲームは労働者を雇って建設契約を落札して工事開始、という流れになります。この中で意思決定上最も重要なポイントは「労働者は雇ったら人件費が定期的に出ていき更に自由には解雇できない一方、建築契約のほうは毎ターンちょろちょろとしかやってこない上に総数が全然足りない」というところで、企業の人事に関する悩ましい部分をピックアップしたものになっています。ただ、これを60分のサイズにきちんと組み込むとなると、どうしたってKnizia的な直接の数字ジレンマに持ち込まないと表現できないのに、このゲームではイベントカードをぶち込むことでわざわざそのへんをぼかしています(Kramerのこの悪癖はいつまで経っても直らないですねー)。

いや、単独で見れば、ここにイベントカードを持ってくることの意味は理解できるのです。冒頭で述べたように、Knizia的に解決されてしまうようなルールであっては企画の意味がない。職人がサボタージュしやがりますとか、領主が突然わけのわからんこと言い出しました、とか、そういう「てんやわんやの大騒ぎの末、しかしおらが村はこうして立派にできあがりました(ここでスタッフロール)」という演出は、確かに必要です。しかしそれを演るにしては、これも繰り返しになりますが、余りにも他の部分のサポートが弱い。イベントカードはゲーム全体で世界観を表現しきって初めて有意義に使えるものであって、現状では単に、ゲームにリスクの構造を持たせるため無理矢理入れてみました、というだけのものです。

たぶん、どれもこれも埋め込んで60分で収める、というのは何か奇跡が発生しないと無理なんです。今の形は、全てを拾いに行こうとして、全てを取りこぼしています。そういう部分の舵を取れないというのは、これは主として編集者/メーカーの責任だと思います。全部拾って1998年のZochみたいな奇跡を起こしたい、というメーカーの願望は情としては汲み取れますが、しかし脇から冷静に見ればそれは妄想に過ぎません。
[PR]
by Taiju_SAWADA | 2009-01-02 14:04 | 感想・紹介