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こうどなしんりせん - 前編:準備としての一般論

さてタイトルをこう決めた以上だいたい何を書きたいかは定まっているのですが、どのような論理と構成を用いるかについては現状まったく未定であって、そうであるからにはともかく話を何らかドライブさせられるような仕掛けを最初に作っておかないといけません。従ってここではひとつの仮説を立てるところから話を始めようと思います。

心理戦とはプロファイリングに関するゲームである。

オリジナリティの点ではあまり高い点は出せませんが、とっかかりの文言としては悪くないような気はします。正しいかどうかはともかく、というかそんなん知ったこっちゃないわけですが、こう定義しておくと色々役に立ちそうな感じがする。世の中には「高度な心理戦」という、迂闊に使うと可哀想な人扱いされる危険なフレーズがございまして、このフレーズのどこが問題かというと、言葉によって指し示される対象の中に分け入っていくのに全く役立たない点だと思うのです。高度な心理戦です、と言ってしまうと、必要とされるはずの次の言葉が出てこない。本来「高度な」というのは最終評価の話であって、ということはそこに至るまでのプロセスが、つまり対象となるゲームの解釈・分析があるはずなのですが、その肝心な解釈・分析の言語化に全く貢献してくれない。対して、プロファイリング、という言葉は、どうしたって次に「どのへんで何に関するプロファイルが溜まるわけ?」という質問に答えないと誰から見たって(「誰から」の中には自分が含まれるところが重要なところですね)何を言ったことにもならないわけですから。
ただ一点注意しておくべきこともあり、それは「ゲームである」の部分でして、これは「ゲーム」という言葉が通常指し示しうる対象の範囲から言うと相当に限定した用法になっています。具体的に言うと「これはゲームじゃないね」という、これも微妙なフレーズがありますが、このフレーズにおいて用いられる「ゲーム」と同じ意味です。微妙繋がりで言うと「ゲーム性」というフレーズにおける「ゲーム」も同じ意味ですね。まあ定義というか注釈なしで使ってはいけない言葉だということです。というわけで。

ゲーム性とは、対象の遊戯において良い結果を得るために行う解析過程、またはその過程の性質を指す。

うわ一気に抽象化した。やめときゃよかった。とはいえ、ま、必要な手続きではあるでしょう。別に珍しい定義ではなく、発想としてはコスティキャンとかに繋がってる、解かれたゲームは最早ゲームではない、というアレです。繰り返しになりますが、きーわーめーてー限定的な定義っていうか用法だということにはご留意を。わたくしが今回ここでやりたいのは、様々な「こうどなしんりせん」の断面図を見てみよう、ということなのでして、そのためにはどの面から切って何を鑑賞するか、最初にこんな感じで決めとかないといけないんですね。いやいけないとまでは言えないかもですが、少なくとも書いてるほうとしては決めとかないとしんどいんで。

準備としてはこんなところでいいんですが、本題(なんてものが本当にあるのかどうかは置いといて)に入る前に、これらの準備から言えそうな一般論について先に考えておきましょう。ここでプロファイリングというのは、「ケースAにおいてアクションaを取りケースBにおいてアクションbを取ったあのプレイヤーはこの(手の)ゲームについてxという行動傾向を持っているはずなので、そうすると現在値直面しているケースCにおいてはアクションcを取るんじゃないか」という、相手プレイヤーに対する推測のことを言っています。そうすると、心理戦のゲーム性とは、いまこのゲームにおける相手の行動傾向をケース/アクションのデータセットから解析する過程(の性質)だということになります。また、ゲーム性という言葉をこの用法で採るとすれば、ゲーム性評価の中で肝心になるのは「解析がすぐ終了してしまわないか?」という点になります。終了というのが必ずしも正常終了のことを指すわけではなく、これ以上は解析不能であると判断されるようなポイント、まあ異常終了とでも言いましょうか、に行き着いてしまっても終了となるってところには注意が必要ですが、ともかくゲームの中で解析を続けていけるということがポイントになります。これを心理戦に当てはめれば、ある時点でのあるプレイヤーの行動-結果のセットが、次の意思決定において有用なデータとなりうることが確保されていなければならず(そうでないと次の意思決定において優劣を判断できず、全ての行動が等価となって解析が終わってしまいます)、しかし同時に、それが決定的なデータではないことも確保されていなければいけません(決定的なデータがあるのであれば、それはもはや意思決定ではないわけです)。これは両立が非常に難しく、まあトレードオフの関係にあると言ってしまっても間違いとは言えないくらいのものですから、実際のゲーム製作では余計な失点を防ぎつつどのへんでバランスを取るかの見極めがデザイナーへの課題となってきます。ところで心理戦には殆ど全ての社会科学的なアレと同様に自己言及のアレというのがありまして、こういった解析そのものがプレイヤーの行動傾向に影響を与えるため、あるプレイヤーの行動傾向そのものが変化を続けることになります。これはさっきの解析正常終了と異常終了のバランスで考えれば明確に異常終了側に巨大な錘を乗っける条件でして、なんとなれば解析の正常終了はほとんど不可能であると言ってしまっても構わないわけです。人によってはこれをもって、そもそもゲームにおいてはプロファイリングというのは不可能であって、従って心理戦は不可能であり単なるスキンを被せたランダマイザに過ぎない、と結論づけることもあるくらいですし。ただ、私は(こういう文章をこれから書こうとしているわけですから)この意見には反対する立場を取ります。ある一定のメタレベルにおいて行動傾向を自発的に変えることがどれくらい容易か、という話で、ゆるやかな変化を続けることは可能というより必然であってもドラスティックな変化は相当に難しい、という仮定が「ある種のルールセットという制約下では」成り立つのであれば、心理戦には意味があることになります。さらに、「ある種のルールセットでのみ」成り立つ制約であるとすれば、ゲームの良し悪しをその面から捉えることもできるでしょう。注意点は2つあります。まず1つめ、ある一定のメタレベルまで心理解析の階を上げればそれに短期的に抗うことは難しい(長期的には当然可能であることは前提として)として、解析側であるプレイヤーはそのメタレベルまで、言語化は困難であるとしても非言語的には比較的容易に到達できないといけません。そうでないと結局ランダムにしか見えませんから。ここで成立させないといけないのは、他のプレイヤーを分析することは容易に可能であっても自分はそこから長期的にしか抜け出せない、という階層が存在していなければ、そのゲームは面白いものにはならないということ。そして2つめ、これはもう少し次元の低い話ですが、非自発的な変化の可能性については常に気を配らないといけません。これは誰が気を配っていないといけないかというと主にゲームデザイナーでして、たとえば端的な話、プレイヤーがサイコロあるいはそれに類するランダマイザを持っていて、これに従って手を決めることが可能であり、しかもそれが自分で手を決めるよりも有用であるとするならば、心理戦はどうしたって存在できません。従って、ゲームデザイナーはランダマイザの可能性を潰すことについて常に意識的である必要があります。逆に言えばここには「人間は本質的にはランダマイザを持っていない」という仮定があり、心理戦のゲームを作ったり遊んだりするということはこの仮定「も」呑んでおくということでもあります。これはつまりよく知られた手本引きと賽本引きの差異の議論のことです。私の立場ではこの両者の差異は自明となるわけですが、一方には人間が生得的にランダマイザを持っているとする立場では、最初に挙げたプロファイリング云々よりずっと手前の話としてこの両者の間に差異は認められないということになります。

ということで。心理戦というものが結構いろんなレベルで必ずしも明白な根拠があるとは限らない仮説に頼って築かれているものだということ、さらに、その仮説が成立しうるのだとして、実際に成立させるためにはデザイン上の意識的な手続きが必要となること。その手続きをクリアしているもののみが心理戦のゲームとして「有効」であり、そのゲームが提供するプロファイリング過程の優劣についてプレイヤーの審判を受ける資格を持つ。そしてその優劣というのは、大きくは「自明」と「解析不可能」の両端の穴に落っこちないようにどのあたりでバランスを取れているかによって定まる。そのバランスを取る上では、行動傾向に関するメタレベルの動学までデザインできていることが望ましい。というあたりが、とりあえずの一般論ということになります。これから個別のケースについて見ていく上でこのへんの前提は置いておく必要がどうしたってあります。あるんですが、実際にこのへんの議論を全部使って個々のゲームの優劣を議論するのかというとそれはまた別の話で。じゃあ最初にまとめてだらだらやるんじゃなくて個々の話をするときにそれぞれ必要な分だけの一般論を持ってくればいいんじゃね? という気も今したんですが、それはまた、それはまた、あったかもしれない別の文章として。

# というわけで次回に続きます。続くんですけど、現時点ではその次回というのを全く書いていません。ほんとにあるのかな次回。誰か代わりに書いてくれないだろうか。
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by Taiju_SAWADA | 2012-10-01 01:40 | うわごと