Dummett and McLeod に書かれたタロットゲームを遊ぶための準備 #2

ところでこれだけイタリアがイタリアが言っておきながら、この本でイタリアのタロットゲームが紹介されるのは第2部。
Ch.2から始まる第一部で紹介されるのはフランスとスイスのタロット。



Ch.2 初期のフランス・スイス物


ミラノが1494年から1522年にかけてフランスの占領下になったとか、スイスもマリニャーノの戦いでフランスに負けて以降フランスの影響が色濃くなったとかで、フランスとスイスには16世紀初頭にタロットが渡っている。16世紀のフランスの文章には、タロットについてかなり多くの言及がある(最初のものは1534年)。宮廷でも、グルノーブルで1579年に遊ばれていたとの記述がある。1615年にはボルドーでルイ13世が遊んだとも。1622年にFrancois Garasseは「フランスではチェスよりタロットのほうが人気がある」と書いている。

タロットゲームのルールについて触れた最も古いフランスの文献は1637年、"Regle du Jeu des Tarots" (Michel de Marolles著。以下RT)に遡る。
その後1659年に別の本La Maison academique des jeux(以下MA)が出ている。MAの記述はRTにくらべて不明瞭な点が多い。MAにはフレンチタロット3種とスイスタロット1種(MAによれば「スイスやドイツでは他のゲームは通常遊ばれない」)が載っているが、説明がクリアなのはスイスタロット1種だけ。なお、「Jの次は必ず10式」が登場するのはMAから。

16-17世紀のスイスでは法令で色々なカードゲームが禁じられていたが、trogge(n)のように認められているゲームもあった。最も古い言及は1572年。1741年頃までは続いていた模様。

パリでは1725年までにタロットは廃れ、東部(アルザス、ブルガンディetc)でのみプレーされるようになった。Depaulisは廃れた時期を1650年頃と推定している。20世紀になってフランスではタロットのリヴァイヴァルがあったのだが、その間も東部ではプレイされていた。



■2.1 17世紀初頭のフレンチタロット(RT 1637)

カードの呼び名について
愚者を含む切札は「Triomphes」と呼ばれる。XXI(世界 le Monde)、I(le Bagat。イタリア語のバガットから)、愚者(le Math。イタリア語の愚者Mattoから)の3枚の切札と、4枚のKが、「Tarot」と呼ばれる。騎士がシュバリエと呼ばれるのはフランスの通例だが、ジャックがFaonsと呼ばれるのは通例とは異なる。勝利点はmarqueと呼ば得れる。コインのAはla belleと呼ばれる。

基本
基本は3人制の個人戦。78枚フルセット使用。愚者は逃げ(エクスキューズ)用、見たところ交換なしの模様。オリジナルランク。
(さわだ:フォロー形式について言及がなし。たぶん標準のマストラフ)

ディールと手役の宣言
1stディーラー決め:一枚めくって最も高いランクのカードを出したプレイヤー(愚者は普通の数字札より下扱い)。
ディーラーは山札の一番下のカードを公開する。これがTarotだった場合、ディーラーは他のプレイヤーから1勝利点ずつ貰える。
その後カードを配る。ディーラー自身に28枚、他の2人に25枚ずつ。
ディーラーは4枚、他の2人は1枚ずつ、捨て札にする。ディール終了時に自分の取り札扱いになる。切札やTarotは捨ててはならない。
捨て札の後、プレイヤーは(たぶんディーラーの右隣から)順々に、手役を宣言していく。
複数の手役を作ってよく、別カテゴリの手役なら同一のカードを複数の手役のために使ってよい。
宣言した手役は公開。手役になるカードがあっても宣言の必要はない。
手役を宣言したら、ただちにそのぶんの勝利点を他の全員から貰える。
(手役の概念はイタリアのタロットゲーム「ミンシェット」に由来)
(さわだ:手役は全部一度に宣言するのか一周ごとにひとつなのか書いていないが、一度に全部と考えるべきだろう)

手役
・コインのA:1点
・Tarot4枚/5枚/6枚/7枚:1点/2点/3点/4点
・Tarot7枚+コインの1:5点
・K3枚/4枚:1点/3点
・愚者+K2枚/3枚/4枚:1点/2点/6点
・切札10枚/15枚/20枚:1点/2点/3点
・同スートのKQCJ揃い:1点
・Q4枚またはC4枚またはJ4枚:1点
・最上位の切札上から4枚/5枚/6枚:1点/2点/3点
・最下位の切札下から4枚/5枚/6枚:1点/2点/3点

加えて、
・XXI, I, 愚者のうち2枚を持っていることを宣言すると、この3枚のうち1枚も持っていないプレイヤーから1点貰える。

プレーにおける特殊なルール
愚者をリードで出してはいけない。最終トリックで出さざるを得なくなったら勝利点2ずつ全員に払う。
最終トリックをIかKで勝ったら全員から勝利点6ずつ貰える。
Tarotでトリックを取ったら、全員から勝利点1ずつ貰える。
Tarotでトリックに負けたら、全員に勝利点1ずつ払う。

二人で遊ぶ場合
ダミーの「三人目」の手札を配り、伏せ山札として積んでおく。プレーでは2人のプレイヤーの分しか出さない。
トリックに勝ったプレイヤーがダミープレイヤーの山札から一枚めくり、これも自分の取り札として獲得する。

66枚ヴァリアント
各スートから最弱の3枚を抜く。手札は24枚/21枚配りの4枚/1枚ディスカード。後は一緒。
パンフレットの著者は非常に好意的にこのヴァリアントを紹介している。
ただし、このヴァリアントが広く遊ばれた形跡はなさそう。



■2.4 フレンチタロット (MA 1959)

カードの呼び名
XXIが世界(モンド)、Iは奇術師(バテル)、愚者はle Fou。Kはシュバリエ、JはValets(従者)。

基本
人数の取り決めなし。個人戦。78枚フルセット。愚者は逃げ(エクスキューズ)用で交換あり。Jの次は必ず10式のランク。

ディール
配る枚数は事前に適当な枚数を決めておく。ディーラー含め全員同枚数。捨て札なし。
全員、合意した賭け金(さわだ:競りのルールとかないのでたぶん固定)をテーブルに置く。

プレイ
ふつうにやる。  

カードの点数
愚者5点、XXI4点、I:4点、K4点、Q3点、C2点、J1点。
書いていないが、おそらく上記に加えて1トリックにつき1点。
最多得点のプレイヤーが賭け金総取り。




■2.5 フレンチタロット(2つめの版)(MA 1659)

2-6人(ベストは4人)。個人戦。全員に12枚配り、捨て札なし。
プレイは普通に行う。愚者5点、XXI4点、I:4点、K4点、Q3点、C2点、J1点。
加えて、「取ったカードの枚数-12」が得失点として加わる。合計点がそのまま勝利点になる。
勝利点の合計が50以上になったらそのプレイヤーの勝利。



■2.6 La rigueur (「厳格」、MA 1659)

ヴァリアント。
「ソード」のスートのカードは全て、準切札となる。
トリックの中に切札が無い場合、準切札であるソードの最高ランクのカードがトリックを取る。
ソード以外のスートがリードされ、そのスートが無い場合、マストラフは準切札でも切札でもOK。
準切札であるソードがリードされ、手持ちにソードがない場合、マストラフは切札で行う。
切札がリードされ、手持ちに切札がない場合、準切札はださなくてもいい。



■2.7 スイスの初期Troggen(MA, 1659)

カードについて
ふつうのフランス式78で紹介されているが、なぜか皇帝と女帝の数字が逆。
誤記とも思われるが、実際に18世紀のフランスのタロットカードには、皇帝と女帝が逆になったものがある。

概要
3人。個人戦。78枚フルパックを使用。愚者はエクスキューズ(交換あり)。おそらくオリジナルランク。

ディールとプレイとスコアリング
ディーラー28枚の子25枚配り。親のみ3枚捨て札。おそらく切札とKと愚者は捨て札禁止。
得点は標準式。ポイントは「XXIが5点、Iが5点、Kが5点、Qが4点、Cが3点、愚者が3点。
Jの2点がないのは、単に書き忘れと思われる。
得点がそのまま勝利点。3ディールの合計得点で勝敗を決める。
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# by Taiju_SAWADA | 2015-08-16 18:51 | 感想・紹介

Dummett and McLeod に書かれたタロットゲームを遊ぶための準備 #1

Dummett and McLeod "A History of Games played with the Tarot Pack (vol. 1/2)" (2004) はタロットゲーム本の決定版と名高い本で、なんか200個くらいのルールが、歴史的な流れとかの説明といっしょに詰まっているようです。

前回触れた「ボードゲーム読書会」は20:00集合なんですが人が出揃うのは20:30くらいになるので、その間の暇つぶしにタロットでもやろうかな、と思っており、遊びに必要そうなところを抜き出して適当にまとめていくことにします。

ほんとはまとめとかしないでぱっと英語の本を開いてあそべればいいんですけど、最初のゲームの説明に入る前に原則の話が18頁くらいつづくので、まとめておかないとしんどいんですね。

Dummettといえばタロット占いdisでも有名なひとで、この本にもきっちり載ってますが、そういうところは省略していきます。

タロットゲームの歴史に関しては、なんか面白そうだったら適当にみつくろってまとめていきます。




#1.

タロットカードは北イタリア発祥。おそらく1425年頃。
現存する最古のカードはミラノ宮廷のために作られたもので推定1441年製。
タロットに触れた文献で最も古いものはフェラーラ宮廷から出てきたもので1442年。
15世紀末ころにはローマ以北では知られるように成っていた。
16世紀はじめにはフランスやスイスにひろがる。
15-17世紀にはタロットに関する言及が大量にあり、その言及はすべて(オカルトではなく)カードゲームに関するもの。
占いに使われだしたのは18世紀に入ってから(フランス、ボローニャ)。オカルトタロットは主にフランスで流行。

15世紀イタリアにおいて、タロットゲームは「トリオンフィ(=切札)」と呼ばれていた。
また、タロットのカードパックは「Carte da trionfi(=切札つきのカード)」と呼ばれた。
(タロット、イタリアではタロッコ/タロッキ、の名前になるのは16世紀から。)
15世紀にはすでにイタリア式トランプ(キング、カバロ、ジャックと数字札。スートはソード、バトン、カップ、デナリ)は存在。
(1740年頃から、♠♡♢♣のフランス式に置き換わっていく。ソードとバトンが♠♣、カップとデナリが♡♢)
タロットはこれに特殊な札(21枚の「トリオンフィ」と1枚の愚者(Matto)。スートなし)を追加したもの。
また、切札以外にもクイーンが加わる。
以降、絵札をKQCJA(Aはエース。エースは文脈によって入らないことも、っていうか入らない事のが多い)と呼び、スートはS,B,C,Dと呼ぶ。
なお、切札のうち、「世界 XXI」「天使(または審判)XX」と「バガット(僅少) I」は特殊な扱いになることがある。
タロットゲームというのは要は固定の切札のあるトリックテイキング。通常カードと構成の違う切札の存在が肝になる。
トリックテイキングというのはそれまでにも存在していて、たぶん14世紀にイスラム世界からやってきたのだが、
その段階では切札はなかった。切札の発祥は、タロットのほか、ほぼ同時期のドイツでKarnoeffelというゲームもあるが、切札の概念が広まったのはタロットから。
15世紀後半以降、トランプでもスートのひとつを切札として遊ばれるようになる(「トライアンフ」に類する名前で呼ばれた)。
これらのうち、イギリスのトライアンフはホイストの祖先になる。
なお、この頃すでに切札スートはディールごとに変えらていれたのだが、ビッドの概念がまだ無いので特に意味はなかった。
(ビッドの登場は17世紀以降)



【ルールの基本】

大概のタロットゲームでは、カードはディーラーの右隣から反時計回りに配る。
大抵は、最初のトリックのリードはディーラーの右隣。カードプレイも反時計回り。
プレーの前に宣言のフェイズがあるたぐいのゲームでも、ディーラーの右隣から始まるのは一緒。
概ねいわゆるポイントトリックテイキングのルール。
切札が出ていれば最高ランクの切札の勝ち、出てなければリードスートの最高ランクの勝ち。
取ったトリックのカードは1トリック分をひとまとめに伏せて自分の近くにおいておく。切札は数字が大きいほうが強い。
ただし、
・リードスートが無いが切札はあるという場合、切札を出さないといけない。【以降、これを標準ルール(マストラフ)と呼ぶ】
という点は大きく異なる。なおルールに拠っていろいろある。
また、ランクも特徴的で、通常のゲームでは、
・ソードとバトンは(強)KQCJ-10-98765432A(弱)、カップとコインは(強)KQCJA23456789-10(弱)。
以降、これを【オリジナルランク】と呼ぶ。これに対して、フランスやシチリアで遊ばれているタロットでは、
・どのスートでもKQCJ-10-98765432A。
以降、これを【Jの次は必ず10式】と呼ぶ。
(昔のゲームではスートごとにランク順が違うことが多いようです)




【愚者について】

・元々のタロットゲームでは、愚者はマストフォロー/ラフから逃げる(エクスキューズ)ためのカード。
 愚者を出して逃げた場合、出した愚者はトリック勝者のものにならず、愚者を出したプレイヤーが獲得する。
 このルールを【逃げ=エクスキューズ用の愚者】と呼ぶ。
 なお、ルールによっては、愚者は出したプレイヤーが獲得するが、愚者を出したプレイヤーはその代わりに、
 自分が獲得していたカードから任意の一枚を選んでトリックの勝者に差し出さなければならない。
 これを【逃げ用の愚者(交換あり)】と呼び、【逃げ用の愚者(交換なし)】と区別する。
 なお、一般に、愚者を獲得したプレイヤー(チーム)が最後まで一トリックも取れなかった場合、その愚者は、
 元々のトリックを取ったプレイヤー(チーム)に没収される。愚者を出した時点で一トリックも取っていなかった場合、
 いったん愚者を表向きにして置いておき、一トリックとった時点でそこに混ぜ、交換を行う。
 なお、その他にも、最終トリックでの愚者は没収、ラスト数トリックでの愚者は没収、など、いろいろある。

・18世紀以降、上記とは異なる愚者のルールが登場した。つまり、単に愚者を最強の切札として扱う。
 このルールでは愚者はよく「スキューズ」と呼ばれる。
 以降、このルールを、【愚者=スキューズが最強】と呼ぶ。



【ポイントルール】

個人戦の場合もあり、2チーム対抗戦の場合もある。
元々のタロットゲームでは、1トリックにつき1点+ポイントカードによる得点。
ポイントカードによる得点について、K=4点、Q=3点、C=2点、J=1点は多くのゲームで共通。この4ランクを【絵札】と呼ぶ。
切札のポイントには色々あるが、XXI, I, 愚者にポイントが乗る場合が多い。この3枚を【標準役物(オナー)切札】と呼ぶ。
最も標準的なルールでは、【標準役物切札】は各4点。
これに先ほどの絵札とトリックの点とあわせたものを、【初期標準得点系】と呼ぶ。
この初期標準得点系を使って3人でプレイした場合、獲得3枚ごとに1点プラス前述の役物による得点となる。
それはいいのだが、後期のタロットゲームでは、この「3人でプレイした場合」という前提が抜け落ち、
何人で遊ぼうとも「3枚につき1点+役物」という数え方になっているものがままる。これを【常に3枚単位で得点】と呼ぶ。
なお、ディールでトリックやカードから得られる得点と、その得点をもとに決められるゲームの勝利点は異なる。
以降、「得点(またはカードポイント)」と「勝利点」の語は明確に区別される。
その他、多くのゲームでは(花札の八八のような)「手役 declaration」の概念がある。
また、目標を「宣言(announcement)」して達成するとボーナス、失敗すると罰符、という宣言系のゲームもある。

なお、慣習として、上記の初期標準得点系でポイントを数える場合、以下のように行っている
(これを【標準得点系】と呼ぶ。【初期標準得点系】と実質的な差はない)。
いったん役物の点数を上記より1点高いものとして扱う。つまりK=5, Q=4, C=3, J=2, 標準役物切札=5。
そのうえで、トリック(3枚を想定)ごとに、
・得点札が一枚も入っていない=1点
・得点札が一枚だけ入っている=その得点札の得点
・得点札がn枚入っている=得点札の合計マイナス(n-1)点
という形で数える。



【場札(タロン)と捨て札】

手札とは別に通常は1〜6枚の場札(タロン)を伏せて用意しておき、誰か(1人なり複数なり)がこれを手札と交換できる、
とするルールのゲームもある。このとき、交換で捨て札にしてはいけないカードが設定されていることが多い。
特に、最高点のポイントカードが捨て札禁止カードになっていることが多い。
(タロンは「キティ」と言われることもあります。日本のナポレオンとかが、まさにキティ/タロンのあるトリックテイキングですね)



【縮小カードセット】

数字札を抜いて切札含有率を高めることがある。
最も標準的な抜き方は、ソードとバトン(♠♣)のA〜6、カップとデナリ(♡♢)の5-10を抜く方法。
この方法で作ったカードセットを、以降【54枚セット】と呼ぶ。
逆に切札を足すことで切札率を高めるゲームもある。
(枚数少ないカードセットというとスカートをやるドイツ式セットとかが思い浮かびますね)



【ビッド】

タロットゲームのバリエーションは、主にビッドの方式によるもの。
タロットゲームのビッドの概念は、スペインのトリックテイキングゲーム「オンブル」から来ている。
オンブルのビッドはブリッジのビッドと違い、勝利目標(トリック数なりポイント)を競るのではなく、
固定された勝利目標をどの条件下で(場札との交換あり/なし、など)達成するかに関するもの。
(これも割とスカートのイメージ。まあこのへんはタロットに限らない気も)



【ゲームの歴史】

文献からは、タロットゲームは15-16世紀イタリアですでに発展していたらしいのだが、そこに書かれている記述はスケッチ程度のものでしかなく、ルールを起こせるほどではない。現存する最古のルールは16世紀のもの。
1450年の時点で、切札に書かれた絵じたいはどこのものも一緒だったが、強さの順は違っていた。
こういうのとか、絵柄とか、切札の強さが数字で示されているか否かとかを見ると、カードやルールの伝播ルートがわかる。
タロットの場合、ミラノとフェラーラとボローニャの3都市が主要な発信源で…
(以下タロットの中心地の変遷が語られるが省略)
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# by Taiju_SAWADA | 2015-08-12 00:58 | 感想・紹介

ボードゲーム読書会というのをやってます

サイトを一年以上堂々放置してtwitterにしか書き込まなくなっているわけですが、twitter以外なにもやってないかというとそういうわけでもなく、「ボードゲーム読書会」というのを共催でやっています。

http://www.boardgamereaders.com/

英語とか日本語とかで書かれたゲームの本を読んで内容をプレゼンするというシンプルな内容の読書会で、東京は高田馬場で月一回ペースでやっております。読んだものについてはハンドアウトを作ることになってて、ハンドアウトが読書会のたびに(つまり月一ですね)アップロードされております。

このサイトでGarfield et al. "Characteristics of Games" (2012) のレジュメを一部だけ上げたことがありましたが、あんな感じの活動です。


というわけで、わたくしは死んだわけではなく、ウェブ上からいなくなったわけでもなく、twitterでスプラトゥーンのことについてなにか呟くだけのbotになったわけでもないのです。以上よろしくお願いいたします。


# そもそも2014年というとParanoiaの翻訳をやってた時期なので、個人的にはむしろゲーム絡みで忙しかった印象のほうがつよいのですが
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# by Taiju_SAWADA | 2015-08-09 01:22 | サイトについて

俺とバントゥと著作権

まず何よりも言っておかないといけないのは、Bantuは本当に素晴らしいゲームだってことです。

以前テンデイズゲームズの田中さんにお誘い頂いてごく短いレビューを書かせていただいたことがあって、そこで述べたことのくり返しになりますが、バントゥは「一人多数駒持ちのサイコロ/カード運なし多人数双六」のジャンルに含まれるゲームで、このジャンルにはクラシックである「うさぎとかめ(ハリネズミ)」「ビラボン(ビラボング)」「大競技場(古代ローマの新しいゲームに収録)」「ブレーキング・アウェイ」とそれぞれに独特の魅力を持った傑作がいろいろあるんですが(ブレーキング・アウェイは同時プロットなので本当はちょっと違うけど)、その中でもこのBantuは最古の部類に入る名作です。最古の、というのは私が勝手に言ってるんではなく、「うさぎとかめ」の作者にしてゲーム研究者であるところのデビッド・パーレットが自分の先行者として「たぶんBantuくらいしかない」と著書Oxford History of Board Gamesで述べています(まあハルマはどうなんだとかありますけど、パーレットの扱いではこのへんは別ジャンルになってます)。

同じジャンルっても魅力は様々で、「うさぎとかめ」なら細かい出し入れの計算とそれが微妙な思惑で崩される時のマゾ快感、「ビラボン」ならパズル的な発見、「大競技場」はマルチなブロッキングゲームとしての達成、「ブレーキング・アウェイ」はラインの形成からいつ前に出るかの自転車レース的駆け引き、ということになるかと思いますが、じゃバントゥはどこが楽しいのかというと、「ヒット」という無体な概念による追うものと追われるものの絶えざる逆転、が産み出す緊張感、そこに絡まるマルチゲームとしての特性、ということになるでしょう。

このゲームはおそらくバックギャモンを下敷きにして作られていて、何よりもヒットてのはバックギャモンの概念です。このゲームが偉いのは、2人用のバックギャモンがあれで成立しているところを安易に多人数向けに拡張することをしなかった、というところで、バックギャモンのヒットがもたらす逆転の楽しさというのは、まずあれが2人ゲームであって確率計算が全てを支配する閉じた緻密な世界だということ、互いに相手陣営に切り込む中という形式によって保証される「相手の全ての駒を通過しなければならない=駒をヒットしたあと、その駒を逃してしまったらこっちにもう一回やってくる」という緊張感、あとは緊張感が無くなったら(無くなる前でも)いつでもダブリングキューブでゲームを切り上げられる割り切った構造、といったところで担保されています。でもこれを黙ってマルチに持って行ってもしょうがない。まず何よりも、マルチというのは2人ゲームではなく、緻密な確率計算が今ひとつ役に立たない世界です。ファミリーゲームとしての制約を考えるとダブリングキューブというのも難しいでしょう。で、じゃあ代わりにどうするか、というところで持ちだされたのが「サイコロ/カード運なし、位置関係で移動力を決定」というルールで、つまり多人数ゲームの揺らぎの中でヒットが発生するんだから、ヒットされるか否かの不確実性の根拠も多人数ゲームの揺らぎのところにのみ求めるべきであると。誰かの駒が抜けだした時にこれをヒットできるかどうかは、他のプレイヤー同士が協力できるか、また協力すれば捕まえられるのかどうか、協力が可能なインセンティブ構造になっているか、といったところで決まります。当然、自分の駒を抜けださせるか否かも、そのへんの構造を分析して決めることになるわけです。で、その分析が正しいか抜けがあったか。バックギャモンにおいては確率計算で発生する状況分析の巧拙が、ここではマルチゲームの性質に合わせて綺麗に置き換えられています。

このゲームのマルチ的な素敵な嫌さはもうひとつあって、株ゲームとかではお馴染みの一抜け構造です。同じ所にみんなが集まってくると価値ががんがん上がっていきますが、どこかで誰かが頂点とみなして一抜けするとその人が一番儲かり、あとはその集団が瓦解していくだけ、という、まあどこでも見かけるやつですね。バントゥではこの構造が駒の移動歩数決定ルールにそのまま適用されていて、一番高いところで抜け出したい(「一番高いところ」の判断自体はこのゲームではほぼ自明です)、でも別のところでの一抜けゲームとか、何よりも前述のヒットをめぐるマルチ構造とかあって、さあどれを優先しよう、というところでジレンマが働いている。バントゥはこの両輪で回っています。この短いルールで、いや短いルールならではのというべきでしょうが、焦点の鋭い合い方。見事なもんです。

で。なんですけどね。

こんだけ言っておいてアレなんですが、バントゥって絶版なんですね。それも激レアとまではいかずとも、Boardgamegeekに出物があることはあんまり無い程度にはレアだったりします。えー勿体無いよ出そうよ、というので、おまえ版権取ってくるなら出してやってもいいよ、わかりましたじゃあ版権交渉してきます、と。

とりあえずまずは真っ直ぐ、元の発売元であるところのパーカー・ブラザーズ、現在は買収されてるのでハズブロ、にメールでお伺いをたててみるのですが、これが何度送っても返事なし。ええい大企業め。さて困ったどうしよう、というので調べてみると、なんか過去にBantuの私家版を出したひとというのがいる。その人にメールを出して話を聞いたところ、別に私家版を出すときには版権交渉とかはせずに勝手に出してて、何でかというとどっかの雑誌(具体的に言うとGames Internationalの4号)に「みんな勝手に私家版つくるといいよ」って書いてあったからだという。

その記事を確認できれば俺も私家版つくれるのかな、っていうか他にも私家版作ってる人いるのかな、ってんで、その記事を探したんですが、これが全然見つからない。どこにも売ってないし図書館にもない。うーん。じゃあ他に私家版作ってる人は? 探してみるとフランスでオンデマンド版を出してる人がいる。でもちょっと待て、これは私家版ってレベルじゃなくてコピーだし「©Parker Brothers」とまで入ってる。法律的にこれいいのか? もしかしてなんか抜け穴とかある?

ということで改めて著作権法を確認してみます。この著作権法というのが恐ろしく厄介な代物なんですが、ひとつ抜け穴としてあるのが、「翻訳権の10年留保」というものです。これは発表から10年以内に翻訳が出なかった場合、翻訳権が消尽してだれでも好きなように翻訳物を出版できる。という何だか恐ろしいルールで、1970年以前の日本など一部の国(まあイメージ的には「未開の国」ですかね)においてのみ適用されています。バントゥは1970年より前の発売で、もちろん日本語訳なんか出てませんから、少なくともルール部分についてはこれでOKということになります。問題はボードのほうで、もちろん絵の見た目は変える必要があるわけですが、ボードのグラフ構造が図形の著作物としての保護対象になるかどうかというのは相当な議論になりそうなところで、もし問題になるとあれだからマップは自分たちで変えてだそうか、みたいな話をしておりました。

でもフランスには10年留保ないのに普通にパーカーの著作権表示つけて出してるよね何で? 版権ちゃんと取ったとか? まさか。もしかして他にもまだ法律の何かが、というのでもう一度改めて著作権法を見直すと、ああ、これだビンゴだ、「団体名義の著作物」。Bantuは「©Parker Brothers」となっており、作者名のクレジットもイラストレーターのクレジットも無く、実際だれが作ったとも知られていないので、これはつまり完全に団体名義の著作物と言えます。でもって団体名義の著作物の保護期間は、日本だと公表後50年。バントゥはアメリカの著作物なのでアメリカ国内では発行後95年ですが、日本国内における著作権については(日本のが保護期間が短い場合は)内国待遇になるので公表後50年がそのまま適用されます。戦前の著作物だと戦時加算がどうとか面倒な話もありますが、バントゥは戦後のゲームなのでそれもなし。そしてバントゥの公表年は1955年。つまり、日本では、保護期間、切れてまーす。やったー。

ということで無事著作権的な問題がクリアされたので、日本でバントゥ出せることになりました。ちなみに商標は切れてるというより元々登録されていないみたい。もちろん日本で著作権が切れてるってことは、日本では誰が出したり作ったりしようと勝手なわけで、出版者に金なんか落とさず遊びたくなったときに自作すりゃいいってことでもあり、正直私としては自作派の方々に対して含む所は何もないんですけど、自作とかちょっと面倒くさいという方々におかれましては、(私ではない製造者が)何とか手間賃以上のものに仕上げるはずなので、ひとつよろしくおねがいします。そのうちハナヤマとかのn in 1系玩具(ダイヤモンドゲーム=チャイニーズチェッカー=Stern Halma、とかコピット=Fang Den Hutとか入ってるやつ)に収録されたりするとちょっと面白いですね。

ところでフランスだと団体名義の著作権は発行後70年ってなっててまだ保護期間切れてないんですけど…


***
追記(June 8)
バックギャモンよりもパチーシって気もするなー。形態的にはパチーシのほうが近いし。でも位置取りの悩ましさで言うとパチーシよりずっとバックギャモンなんですよねえ。バントゥ日本版が出て遊んだ人もちらほらいらっしゃるでしょうが、どっちだと思います?
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# by Taiju_SAWADA | 2014-04-01 00:26 | 雑題

コースター宣言 The Coaster Proclamation of 1988

http://www.spieleautorenzunft.de/coaster-proclamation.html より】


1988年2月2日、ニュルンベルク・トイフェア中に開かれた、所謂「ホロホロ鳥の夜」。 この夜の Reinhold Wittig の呼び掛けにより、翌日13人の著者が「我々は、箱に著者名を記さないメーカーには自分のゲームを渡さない」とする宣言に署名したのです。

【画像】
http://www.spieleautorenzunft.de/system/html/Bierdeckel-Proklamation-df14f673.jpg

署名したのはコースター左上から縦に、Reinhold Wittig, Helge Andersen, Hajo Buecken, Erwin Glonegger, Dirk Hanneforth, Knut Michael Wolf, Wolfgang Kramer, Joe Nikisch, Gilbert Obermeier, Alex Randolph, John Ruettinger, Roland Siegers, そしてもう一人は誰なのか判別できていません。




「ホロホロ鳥の夜 Perlhuhn Night」についての注

Perlhuhnはドイツ語で「ホロホロ鳥」の意。但しここでは、 Reinhold Wittig が運営する個人運営ゲームメーカー「Edition Perlhuhn」を指す。


署名者について

Reinhold Wittig
前述のとおり、個人運営のゲームメーカー Edition Perlhuhn の主宰者。Edition Perlhuhn は Wolfgang Kramer「アンダーカバー Heimlich & co」(1984) の最初の出版元として有名。ゲームデザイナーとしての代表作に Das Spiel(1980。現在でもAbacusspiele版が入手可能)。

Helge Andersen
1980年代後半に活動したゲームデザイナー。Franckh(現在のKOSMOS)から複数のゲームを出版している。1980年代の Franckh=KOSMOS は Edition Perlhuhn と関係を持っており、「Edition Perlhuhn シリーズ」というレーベルを立てて複数のゲームを出版していた。

Hajo Bücken
子供ゲームの分野を中心に活動するゲームデザイナー。代表作に Coco Crazy (1992, Ravensburger)。 2000年代以降はHaba社との仕事が多い。

Erwin Glonegger
ゲーム批評家。Ravensburger社のディレクターとして活動。著書に Das Spiele-Buch (1999, Drei Magier).

Dirk Hanneforth
子供ゲームの分野を中心に活動するゲームデザイナー。Hajo Bückenとの共作が多い。

Knut Michael Wolf
ゲーム批評家、ゲームデザイナー、デベロッパー。とりわけ、ドイツゲーム賞 Deutscher Spiele Preis やゲーム展示会 Essen Spiel の母体となったゲーム誌、 Die Pöppel-Revue の創設者として有名。現在は主に Spielbox 誌で活動。

Wolfgang Kramer
ゲームデザイナー。説明は不要と思われるので省略。1988年に Franckh=KOSMOS の Edition Perlhuhn レーベルから フォルム・ロマヌム FORUM ROMANUM を出版している。

Joe Nikisch
Abacusspiele社の共同創設者。ゲームデザイナーとしても複数の作品がある。

Gilbert Obermeier
不明。→【追記 11/6】おそらくGilbert Obermairの誤記。Gilbert Obermairは70〜80年代に活動したゲームデザイナー。代表作に Black Vienna (1987, Franckh).

Alex Randolph
ゲームデザイナー。説明は不要と思われる。代表作のひとつ「ハゲタカのえじき Hol's der Geier」や「インコグニート Inkognito」はこの時期の作品。

John Rüttinger
不明。→【追記 11/6】Table Games In the World の小野さんより、 Drei Magier 社の創設者 Johann Rüttinger の誤記ではないかとのご指摘がありました。

Roland Siegers
ゲームデザイナー。主に1980年代に活動。代表作にマングローブ密林からの脱出アビリーン Abilene (1983, Hexagames)。 比較的最近の作品としては カフェインターナショナル・カードゲーム Cafe International Das Kartenspiel (2001, Amigo) などがある。



******

Spielmaterialの中の人であるHarald Mueckeさんは「SAZ Spiele-Autoren-Zunft e.V. ゲームデザイナー協会」というところの会長をやってた(まだやってるのかな?)んですが、Spielmaterialから駒を買った時に、SAZがやってる「ゲームにも著者がいますよキャンペーン」への協力を依頼されて、じゃあとりあえず日本語訳でもやりますよ、とか調子のいいことを言ったきりずーっと(年単位で)放置していたのをなんでか(じゃないな。TwitterのTimelineからの連想で)今思い出したんで、いまさら和訳してみました。そのうち他の文章も訳します(とかまた調子のいいことを…)
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# by Taiju_SAWADA | 2013-11-06 00:19 | 雑題

捏造ドイツボードゲーム現代史に関するプレゼンのおしらせ

一年半くらいまえに「捏造ドイツボードゲーム20年史」というのをこのサイトで書いたのですが、これについて何か喋ることになりました。
「SF乱学講座」という公開講座にお呼ばれして、6月2日(日曜)、午後6時15分から東京の高井戸区民センターにてプレゼンテーションを行わせて頂く予定となっています。

SF乱学講座は、公式サイト(http://www.geocities.co.jp/Technopolis-Mars/5302/about.html )によれば「科学を中心とする各方面の常識を勉強しようという目的で始まり、もう15、6年続いている公開講座」(※)なので、いかなる意味においても常識ではない(なにしろ捏造だし)捏造ドイツゲーム現代史の話が相応しいかというと私の口からはなんとも言えないのですが、それはそれとして。この講座のメインスタッフである草場純さん(ゲーム史家/ゲームマーケット創設者)からお声がけ頂き、こういうことになりました。
(※)この文章の奥付は2004年となってます

書いた内容と同じ事を繰り返すのはいかにも寂しいということと、頂いている持ち時間がかなりあるので、周辺のこととかああいうことを書いた背景について盛ってみようと考えています。現時点で予定している内容目次は下記の通り。2週間前の現時点でまだドイツまでたどりついていません。どうしよう。それ以前にひとまえでまともに喋れるんだろうか。

・前振り
  ・ユーロゲーム/ドイツボードゲームとは概ねどんなものか
  ・なんのために現代史が欲しいか
  ・どんな観点で現代史を作ることにするか
    ・近現代のマルチゲームとポリティクス
・プレヒストリーを駆け足で
  ・ユーロゲーム以前
     ・伝統ゲーム由来の近現代ゲーム
     ・モノポリー
     ・リスク、ディプロマシー
     ・タクティクス
  ・ドイツゲーム以前のユーロゲーム
     ・3Mとサクソン
     ・70年代イギリス
  ・勃興前夜(~80年代中盤)
     ・ドイツのゲームメーカー
     ・ジャーナリズム
     ・スコットランドヤード
・本題
  ・スタイルの確立、クラマー/トイバー/クニツィア(80年代後半~90年代前半)
  ・カタン、エルグランデ、Jay Tummelson(90年代後半)
  ・Boardgamegeek、プエルトリコ、拡散(2000年代前半)
  ・二極化、反ポリティクス、アメリカ、時代の終わり(2000年代後半)
  ・現在
  ・未解決の諸問題


※「ポリティクス」などの語の用法は概ね Richard Garfield 他 "Characteristics of Games" (2012) に従いますが、特段この本の内容を話の前提にはしません
※「プレヒストリー」の部分は、概ね Stewart Woods "EUROGAMES" (2012) から必要な部分だけ取り出す形になる予定です
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# by Taiju_SAWADA | 2013-05-19 23:46 | 雑題

Characteristics Of Games 3章のレジュメのようなもの

ひきつづき Characteristics of Games 3章のレジュメです。
(現在、読書会の2時間半前。間に合った!)

4章はぼくの担当ではないのではここにはレジュメはあがりません。
あがったらリンクは張ろうとおもいます。

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3章 インフラストラクチャー

概要

・ルールってのはそこまでゲームそのものではないですよ
・一階のルールと二階のルール
・ルールうざい。とくに長いルールうざい
・標準のありがたさ。あんまり新しいってのも考え物ね。
・ゲームの「結果」っていろいろあるよね。とくにマルチだと。
・終了条件と最終評価。金を賭ければ全て解決メソッド。
・非対称性について。あと道具とか。
・官能性のおはなし



ルール

ルールは何によって執行・強制されるか。
・プレイヤー
・審判
・環境(物理環境、プログラム)
この観点を考えると、ルールというのは「ルールブックに書かれたルール」よりも広い。

さて、ではルールはプレーにどれくらいの影響を与えるか。

まず、「ルール=ゲーム」ではないことを確認しよう。バスケの細かいルール変更があったとして、その前後で「バスケ」は別のゲームなのか? そうではない。
また、何かゲームをスポイルするような有力な戦略があったときに、これを塞ぐようなルール変更が行われることも多い。これはつまり、ゲームのコンセプトが先で、このコンセプトに沿ってルールがあるのであり、その逆ではないということだ。

この前提に立つと、ルールの中にはゲームの本質に関わる「一階のルール」と、初めてプレーするときにはべつに知らなくてもいいような細則「二階のルール」がある、ということも言える。むろん、一階のルールの中にもより重要なものとそうでないものがあり、また、MTGのカードのように「出てきたときだけ重要」というものもある。


ゲームの障害としてのルール

コアゲーマーやデザイナーほど忘れがちだが、もちろんルールは良くないものであり、短ければ短いほどましなものだ。1ページより長いルールを読みたがるプレイヤーなどそうはいない。
デザインの過程やルール調整の段階で問題が起きたとき、ルールを追加することで解決しようという方針は危険だ。特に一階のルールを加えるのはよくない。

別のトピックとして、あるコンセプトのために設けたルールが、それとは別の方向に(あるいは真逆の方向に)機能してしまうことがある。特に反則のルールに顕著で、「AをしたらXという罰則」は「Aをしてはいけない」にはならず、「AをしたらXという結果を産む」でしかない、ということは意識しておかないといけない。



標準

ルールを覚えるのは難しく、ヒューリスティックス・ツリーの構築も大変なので、すでにプレイヤーに広く受け入れられた「標準」を採用しよう、という話になる。標準はキーアサインから勝利条件まで多岐にわたる。また、素朴な見方を取れば、「ジャンル」とは標準の集まったものである、と言うこともできる。そのジャンルのプレイヤーはそのジャンルに共通で使える知識とヒューリスティックス・ツリーを持っていて、最初から快適に遊べるわけだ。

この「標準」の採用について、創造性の欠如だと文句が出ることも多いが(紙のゲームの世界ではそうでもない)、「標準」によってプレイングに快適さがもたらされているのであり、「創造的」でありすぎることは、この快適さを壊すことにつながる。当然、商業的失敗をもたらすことになるだろう。創造性の導入は、それがゲームにデメリットを超えて多くのメリットをもたらす場合に限って、採用されるべきだ。そもそも、ジャンル最大のヒット作はそのジャンルを創造したゲームではないことのほうが多いのだから。

ちなみに、あるジャンルの標準を別のジャンルに持ち込むことで、おもしろい効果が生まれる場合があるので、留意しておこう。



結果

2人ゲームの結果というのはたいてい、どっちかが勝ちもう片方が負ける、あるいはドローということになる。一方、2人ゲーム以外の世界では、結果にもいろいろある。
(非正統ゲームでは定義からして当然そうで、プレイヤーが自分で目標と評価を決めるものだったり、非電源系だとコミュニティでそれが定められたり。とはいえここでのメインは正統ゲームの話)

・1人ないし1チームの勝ち
・1人負け
・何人(何チーム)かの同盟による共同勝利
・ランキングづけで評価
・スコア(タイムとかふくむ)評価
・あとはドローの有無
(相互排他でないので注意)

こういう結果の定義はシステミックなものだと思われるだろうが、実際のところは相当にエージェンシャルなものを含む。ルールに何も書いてなくても、人は一位をとりたがる。

こういう結果の定義は、当然ゲームのポリティクスに大いに影響する。
1人勝ちなら負けてるプレイヤーはギャンブルに出るし(これはポリティクスじゃないけど)、キングメーカー問題も強くなる。
全員負け、の存在するゲームでは、2位に着くのがいいのか全員負けのほうがいいのか、という順位評価の問題もあるだろう。
1人負けのゲームだと、ターゲットを1人選んで残りの全員で殴る蹴るの暴行、ということが起きる。これは1人負けものだけでなく、負け抜けのある長いゲームでも起きる問題で、適当なところで「残った全員が勝ち」みたいな協議終了になったりする。共同勝利のゲームは「勝ち馬に乗る」ゲームであり、言うまでもなく極めてポリティカルだ。

こういうポリティクスを抑止する最も便利な方法は、既出の通り、金(ないしそれに類する利得)だ。金が支配する世界では、誰もが気にするのは順位ではなく稼ぎということになる。
金そのものではなくとも、スコアそのものに価値がある世界では、ポリティクスの問題は軽減される。


引き分けについて:
とりわけ正統ゲームでは勝者の発生を期待してプレーしている側面があるので、引き分けは不満が起きることもある。ただ、実力をきれいに反映する種類のゲームでは、引き分けが正当、ということもあるだろう。
引き分けありのゲームで注意しないといけないのは、負けかけているプレイヤーが引き分けに簡単に逃げ込めすぎるようだと興ざめになる、という点だ。



終了条件

正統ゲームというのはどこかで終わって勝者が決まる。終わり方には大きく2通りある。
・誰かが勝利条件を満たして終わる
・終了条件が満たされてゲームがおわり、その時点で誰が勝ちか評価される
勝利点的なものがあるゲームだと、後者が採用される事が多い。

終了条件は否応無く勝手にやってくる場合もあれば、プレイヤーが操作できる場合もある。後者の場合、勝ちプレイヤーは終わらせようとするし、負けプレイヤーは引き延ばそうとする。これは良い効果も悪い効果も生みうる。

ちなみに1人ゲームでは、テトリスのように「勝ち」が存在しないものもある。こういうものに不満が上がることもあって、2周目の概念がでてきたりエンディングができたり。


多重トラック制

スコアがスコアを再生産するモノポリーのようなゲームだと格差が雪だるま式に膨れ上がる。対して、ユーロゲーム的な「金と勝利点」式のアプローチがある。ユーロゲームほど明示的なものでなくても、囲碁における「地と厚み」のジレンマもこれに類するものと言えるだろう。これには利点がいろいろある。
・ビハインドを負ったプレイヤーが追いつきやすい。
・戦略的な選択肢を追加できる。
・ゲームの結果も接戦になりやすい。「あと1ターンあれば逆転できた」みたいなことが起きる。
・負けたとしても、「いや金では勝ってるから」的な慰めになる。



勝利条件

勝利条件にもいろいろある。勝利条件を適切に設定することで、ゲーム上の問題を解決できる場合がある。たとえば「相手の殲滅」を条件にすると互いに相手の陣地に攻め入ろうとせず膠着するところ、「マップ中央の拠点を支配下に置く」だとまともに組み合ってくれるとか。
勝利条件を複数持たせる手法もある。戦略の深みとリプレイアビリティをもたらすが、かわりに複雑化を招く。また、異なる勝利条件の間でバランスを取ることも必要になるだろう。(ゲームの穴を塞ぐために勝利条件を追加するケースではこの限りではないが)

勝利条件は必ずしも全員同じとは限らない。極端な例では勝利条件を自分しか知らないということもある。ヒストリカルシムのように大局的な勝敗がすでに決まっている状況からゲームを開始する場合、ゲームとしての勝敗をフェアに保つためには非対称的な勝利条件を設けるのが普通だ。



ポジション的非対称性

ほとんどのゲームは初期状態に関して非対称性を持つ。RPGでは種族が違っていたりする。また、2人ゲームでは先手と後手がある。完全同時プレーでないかぎり、厳密な意味での対称性は確保できない。
むろん、スキルの低いプレイヤー同士では、チェスの先手後手というのはほとんど非対称性とは無関係と行ってよく、そのレベルであれば多くのゲームは対称的であるとも言える。とくに古典的ゲームでは大きく非対称的なゲームは珍しいが、最近のゲームでは非対称性をフィーチャーするのがトレンドともなっている(Quakeみたいな対称的FPSは現在では少ない)。
非対称性の特殊な例として、用具の違いというものがある。通常のゲームではこれは許されないことが多いが(MTGみたいなものを例外として)、スポーツではたいてい、一定の制限の上で認められている。

対称性が望ましいようなゲームにおいて先手後手的な意味での非対称性がある場合、スタートプレイヤーを交代していくことで調整する手法は広汎に見られる。後手にハンデを与える手法もある。コンピュータゲームでは同時プレーが可能なので、おおむね非対称性は初期状態に関するものに限られる。
ゲームないしアトムが短ければ、複数回プレーすることで非対称性の解消を図れる。長いゲームでもリーグなどのキャンペーンを行うことはよくある。



官能性

ゲームにおいて五感に訴える側面は重要な要素だ。ここで押さえておく必要があるのは、ゲームのインターフェースにおける官能性の利用に関して、「美的側面」と「プレイサポート的側面」の2軸があり、この2軸は時に対立を招くということだ。
インターフェースと美についての問題は別途一冊の本が書けるほどのトピックなので、ここでは感覚的にいくつかのポイントを挙げるにとどめておく。

視覚
ゲームのビジュアルが悪くなるのは、複雑にしすぎたせいだということが多い。ゲームのビジュアルを「改善」すると、もとのものより悪くなっているというわけだ。

聴覚
特にコンピュータゲームでは聴覚の利用が著しいが、非電源系でも、ポーカーチップを置くときの音やボクシングにおけるボディコンタクトの音、スポーツイベントにおける観衆のうなり(勝敗にすら影響を及ぼす)など、聴覚が重要な役割を果たす。
聴覚は意識しているよりも無意識下に影響を及ぼすことが多い。官能性を抜きにしてゲームシステムを評価できると自分では思っているゲームデザイナーでさえ、実際には聴覚から自由ではないことが驚くほど多いのだ(音を消してコンピュータゲームをプレイしてみよう)。

触覚
チェスの駒の重み、シャッフルするカードの手触りなど、非電源系ゲームでは触覚の喜びを良く利用している。ダイスなどは最たるもので、ほとんど単にダイスを振り続けることのエクスキューズでしかないようなゲームすら少なくない。
コンピュータゲームではこの分野の利用は遅れていたが、最近では専用コントローラーやWiiリモコンなど、状況が変わりつつある。

嗅覚
コンピュータゲームやボード・カードゲーム等では嗅覚はあまり重要な要素ではない(が、本や箱を開けた時の匂いはみなさん嫌いではないでしょう?)が、スポーツでは匂いにも役割がある。つまり野外の匂いであり、人や動物や用具の匂いだ。

味覚
ワサビ寿司ロシアンルーレットみたいなものを除いては、味覚が問題になるのはスポーツでひどい目に遭ったときくらいしかない。

操作感
ゲームに対して何らかの入力を与えると、ゲームの環境がそれによって影響され、何らかの反応を返す。この反応がプレイヤーの予想と一致していたり驚きをもたらしたりすることで、プレイヤーに喜びを与えられることがある
チェス駒を前に進めようとすることで、チェス駒が前に進むとか、単に自明であるということもあるが、それでも触覚の問題でこれが良い感触をもたらしたり悪い感触をもたらしたりする。



ーーーーーーーーーーーー

基本的には「意識されていなかったかもしれない様々なトピックを文字に起こして再確認」という章で、それほど目新しいトピックは無い(が、意識していなかったのであれば今からでも意識しておいたほうがいいポイントで溢れている、という言い方もできる。特に勝利条件設定や金の話など)。
あえて言えば、章の全体から「ルールデザインの非優越性」についてのメッセージを感じ取ることはできる。ゲームとはルールのことではない、新規性に対する戒め、官能性への言及など。とくに新規性に対する懐疑と標準への言及(レジュメではカットしているが相当なページ数が割かれている)には著者の商業ゲームデザイナーとしての矜持が感じられる一方、商業性による制約・限界の存在も同時に感じさせる記述になっているとも言える。
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# by Taiju_SAWADA | 2013-03-20 10:37 | 雑題

Characteristics Of Games 2章のレジュメのようなもの

読書会で Elias, Garfield, Gutschera "Characteristics Of Games" (The MIT Press, 2012) を読んでて、2章のプレゼン担当になったので、レジュメの代わりに。
時間なかったので文体とか全く整理してませんが、読書会はオフィシャルなものでもないので特段気にしない方向で。
最後に短めの感想文をつけてます。眠い頭で無理やり書いたのでたぶん一層読みづらいものになっていると思われます。言ってること自体は普段とあんまり変わりません。

---------

#2「マルチプレイヤー」
おおむね、負け抜けの問題と、マルチゲームのポリティクスの問題と、チームゲームで発生する問題とについて語られています。



定義「マルチサイド・ゲーム (multisided games)」
3陣営以上に分かれて実施するゲーム。
2陣営マルチプレイヤー(多くのスポーツとか)とか1陣営マルチプレイヤー(パーティプレイのゲーム。WoWとかモンハンとか)というのもあって、これはこれでチームワークの問題とかあります。

1陣営が死んでもゲームが続く!
2つの陣営で結託して1陣営をぼこる!(ポリティクス!)
どの陣営が勝つか最後に決めるのは負け犬陣営だ!(キングメーカー!)

というわけでマルチプレイヤーゲームでは(以下めんどいので区別する必要がない限りは「マルチプレイヤーゲーム」でいきます)いろんなインタラクションがいろんな違いを産み出すのです。

定義「レース(競走:races)」「ブロウル(喧嘩:brawls)」【Rules Of Playに同様の定義有り】
レースはマルチサイドで行う1人ゲーム。ブロウルは2人ゲームをコアに置いて(1人でやる喧嘩とか無いよね?)n人目をそこに放り込んだようなゲーム。
ふつう、ゲームはこの2極の間を(時にはエージェンシャルな理由で)揺れ動くものです。マリオカートにも甲羅あるし。
ちなみにブロウル式マルチはクラシカルなゲームやスポーツではあまり見かけません。
(つってもこういう分け方で考えてもなあ、というゲームもポーカーとか色々あります)


#2-1. プレイヤーの排除

排除というのはつまり、一般に言う「負け抜け」というあれ(時には勝ち抜けとかもありますが)。
排除には、
・ほんとうにゲームの場から外される「狭義の排除(厳密な意味での排除:strictly)」と、
・プレーは続けるけど勝ち目がゼロになる「広義の排除(論理的な意味での排除:logically)」
があります。あとは
・「主観的な意味での(perceived, または事実上の effective)排除」というのも。勝ち目が極端に薄い場合、これをゼロとみなすかどうかという。
このへんの取扱はゲームの楽しさにおいて大変重要です。

■1陣営ゲーム
基本的には後述の2陣営ゲームと同様。
ちなみにコンピュータ相手でのゲームの場合、コンピュータは「広義の排除」に関して鈍感だとか、途中で止めても誰も怒らないのであんま気にしなくていいとか。

■2陣営ゲーム
2陣営だと「狭義の排除」は単なるゲームエンドなので基本的には問題にはならない(例外として、2陣営マルチで1チームのうち1人だけ排除される場合とか)。
広義の排除はちょっと問題あるんだけど、まあ投了すればいいわけです。でも仮にプレイヤーが投了しないとしたら、その理由として考えられるのは
・負けてることに気づいてない。このケースだと勝ってる方(大概は技量が上なほう)は苛つくけど、負けてる方自身は別に問題なし。
・投了しないで最後までやることが正義、みたいな。お互いそう思ってるなら別にフラストレーションはたまらないけど、片方しかそう認識してないと色々とアレ。
 (※面白いのは、伝統ゲームだと投了タイミングについてプロトコルみたいのがあって、それ無視するとざわついたり)
・勝ってる相手を苛つかせたい。特にオンゲだとこれ問題になります。「農場隠し(hide the farm)」っつって、RTSで誰にも見つからない所に生産地作って「まだ負けてない」。
 こういうの何とかするには、「広義」を速やかに「狭義」に移行させる仕組みをルールに盛り込んでおくとよいです。

■マルチ陣営
さて本題。狭義の意味で排除されるのはつまんないし、広義の意味で排除される(特にレースだとそこに気づきやすいですね)のはもっとつまんないことも多いんで。
どっちがマシかはゲームの種類にもよって、参加してることが重要なパーティゲームで狭義の排除は大変まずいことになります。
何にせよ、どの意味にしろ排除しないほうが良いんで、ゲームの最後まで一発逆転のチャンスを残しとくデザインというのはよくあります。
ただこれも問題になる場合があり、というのは結局道中関係なしに最後だけやればよくね? とか、一発逆転のムーブが何故か最初に発動しちゃって大変とか。
あとは、勝ち抜け式(勝つと気分がいいので排除の問題が和らぎます)や、1人負け確定でゲーム終了などという方法もあります。

この問題を潰す一つの方法として、ゲームごとにポイント集計するとか、もっと直接的には金賭けるとかあります。
単発ゲームでもスコアとか順位とかを活用して擬似的にそういう効果を狙う場合もありますね。
社会的慣行として「そういうの狙いなさい」みたいな場合もあって、これはそうしないと負けプレイヤーが影響力を求めてキングメーカー方向に走りだすという問題が(後述)。

■オンゲ
オンゲだと対面のマナーとか知ったこっちゃなくなるというデメリットがある一方、狭義の排除を気楽に使えるというメリットもあります
(同じ面子で複数回やる必要がある場合は辛いことになるけど。この場合はオンゲっても対面と変わんないですね)。

Exercise 2.1-2.4


#2-2. インタラクティビティという特性

定義「インタラクティビティ(相互作用性)」プレイヤーが自陣営以外の状況に影響を及ぼせること。(※コンピュータゲームでの一般的な定義とは違うので注意)
レースでも(特に長丁場のは)相手の状況を見て自分の戦略を変えるとかあるんで、インタラクティビティが無いわけじゃないです。

インタラクティビティは1人ゲームでは存在しないし2人ゲームでは良いものなので、問題になりうるのは専らマルチにおいてです。

インタラクティビティについては量だけじゃなくて種類についても気にしましょう。まず、「狙い撃ち式」のインタラクティビティ、というのがあります。
(必ずしも攻撃的なものだけを意味してるわけじゃなくて、誰か1人にトスを上げるようなものもここに入れます)

Exercise 2.5-2.7


#2-3, ポリティクス

定義「ポリティクス」他のプレイヤー(達)を恣意的に対象にして、その対象者のゲーム状況を差別的に変えてしまえる(プラス方向かマイナス方向か問わず)、ということ。

■チップテイキング
全員10チップ持ってスタート。手番は時計回り。手番には誰か一人を指名し、その人のチップを1枚捨てる。チップが無くなったら負け抜け。最後の1人に残ったら勝ち。
(ポリティクスのうち、狙い撃ちで他者を攻撃できる面を強調した表現)

このゲームを長いこと楽しむのはまあ厳しいでしょう。ここにはスキルっつうもんがありません。
敢えて言うなら自分のチップを取らせないよう説得するスキルとかでしょうが、そのスキルに気づかれたらまあ最初に丸裸にされますわね。

で問題は、多くのマルチゲームが最終的にこのチップテイキングに帰着してしまうという。狙い撃ち式の強いインタラクティビティがあるゲームはみんなここに帰着する危険があります。
例えば、手番には誰か一人を指名してチェスをやる、手番プレイヤーがチェスに勝ったら相手は2枚没収、負けたら相手は1枚没収と。まあカスパロフでもこれ勝てないよと。

カタンとかだとポリティクスを「誰かを選んで得させる」方向で働かせたりとかしてます。ルールやら社会的慣行やらでポリティクスを和らげるとかありますね。

■投票ゲーム
誰が勝つか決める。具体的には毎ラウンド、誰か1人を投票で排除する。で最後に残った2人の勝ち。
(ポリティクスのうち、勝者がプレイヤーのスキルと関係ないところで決まる点を強調した表現)

クラシカルなゲームやスポーツではポリティクスは滅多に見られません。現代のゲームの特性と言えます。

Exercise 2.8


■ポリティカルなゲームにおける戦略
・目立たないように潜伏
・他の人々同士を戦わせて仕上げのところだけかっさらう
・おだてたり泣き落としたりしてこっちを攻撃しないようにしてもらう
・ゲームの外のことを持ち出す「コーラ奢るから」「月のない夜は以下略」
・直前に攻撃してきた奴を攻撃する
・…と脅してこっちに攻撃がこないようにする
・相手も自分も共に沈むような行動を故意に取ることで「こいつの脅しは本物だ」と思わせる
・攻撃対象を順番に変えたりランダムに選ぶことでフェア感を演出
・攻撃対象に対して攻撃理由とこれが最適解であることを合理的に説明する
・相手がこっちを攻撃しようとしてきた時に、それが相手にとって最適解ではないことをプレゼンする
・自分以外の誰かが「お仕事」(首位のプレイヤーを止めるための自己犠牲的行動)をやるべきと主張
 (Fall on the Grenade。「俺が爆弾を抱いて死ぬ」みたいな?)
・首位を攻撃する機会を意図的にサボって、首位の直前のプレイヤーにお仕事を強制する

■ポリティクスの何が問題か
ポリティクスの問題は、別につまらないってことじゃなくて(ポリティクスがそもそも嫌いなプレイヤーはいるでしょうが)。
ゲームの他の部分を圧倒してしまって、どれ見ても「これポリティクスのゲームよね」と。ゲーム固有のスキルを磨いても集団でぼこられるだけじゃないすかと。
グループによっては、ポリティカルなゲームにおけるヒューリスティックス・ツリーの登り方は面白いものになりえるのは確かです。ポジション把握が困難を極めるので。
その部分でポリティカルな問題が軽減されるとも言えます。逆に言えば、ポジション把握を済ませてしまえば、あとは単なる投票ゲームになっちゃうわけですけど。
あとは前述の戦略のところで分かる通り、不毛な議論が起きがちでもあります(マルチ特有の利他行為による問題ですね)。
※「議論=ポリティクス」じゃないところに注意。RTSとかチップテイキングとか、議論なしでも普通にポリティクスは成り立ちます。逆に人狼は2陣営物なんでポリティクス無いです。

■ポリティクスの利点
スキルの低いプレイヤーがなんとかできる余地があるというのは無論利点でもあります。そうじゃないと対戦相手集めるの大変だし。
ゲーム終了まで誰が勝つか分からないとか(最後だけやりゃいいじゃん的な問題もありますけど)。
このてのインタラクションそのものが好き、というプレイヤーもいっぱいいます。
あとはポリティクスを中心にフィーチャーしておけばゲームを成り立たせるためのややこいルールを排除できてオーディエンスにも分かりやすいとか(Diplomacyみたいに)。
現代ゲームのデザインではこのオーディエンスのことを意識する必要があるというのが重要で。
スキルで勝負させたいなら究極的には2人ゲームにするのが最も良く、そうでなくてもインタラクションは抑えて個人攻撃要素を無くすとか。
カジュアルなプレイヤーを相手にするならポリティクスを突っ込んだほうがプレイヤー層が広がってよいです。

■狙い撃ち式インタラクションがある場合の戦略解析の難しさ -- 風船ゲームの実例
まあこれは必ずしもポリティクスに関する問題そのものということでもないんですが。
3人ゲームで全員風船を背につけてます。3人同時にダーツで誰かの風船を狙って投げます。最後まで割れずに残った1人の勝ち。
Aは60%, Bは50%, Cは40%の確率で風船に当てられるとしましょう。B, Cは共にAを狙えばいい、かとおもいきや実はBはC狙いに変えたほうが勝率が上がります。
で、こういうのにAが明示的なりなんとなくなり気づいていると、フラストレーションが溜まって、こういう構造のゲームを避けるようになります。

Exercise 2.10-12


#2-4. キングメーカー問題

キングメーカー問題の要は、これが狙い撃ち式インタラクションそのものであり、広義の排除によって発生するものだってことで、ポリティクスの明白な問題点なわけです。
キングメーカー以外のチップテイキング問題については、他プレイヤーを攻撃する理由を提供するメカニズムがあれば概ね抑えられるんですけど、キングメーカーはそういうわけにいかんのです。
他のプレイヤーを攻撃する理由ってのはゲーム内で勝ち目を作るための理屈なので、広義の排除がされた後だと、金銭みたいなゲーム外の理屈を作らない限り、理屈に従う理由がないのですね。
和らげるテクニックとしては、キングメークの選択をした時点では誰を選んだか分からないようにしておくとか、コンピュータゲームならリアルタイム性を導入するとか。

ポリティクスが強すぎると単なるチップテイキングのヴァリアントになってしまうので、マルチゲームは大概なんらかポリティクスを抑制する仕組を入れるもんです。
もちろん一番分かりやすいのは2陣営ゲームにすることですが、マルチ陣営だとすれば、インタラクティビティの制限という方向に行きます。つまり、
他のプレイヤーの運命にどれだけ手出しできるか。誰を狙い撃ちして攻撃するかについて何かしらの制限がついているか。
制限が無いとすれば、攻撃対象を選択するにあたって明白に勝利と結びついた指標が与えられているか。
究極的な例はレースで、ほぼ何のインタラクティビティも無いです。つっても完全なレースってあまり無くて、レースを基礎にしてインタラクティビティをのっけるデザインのがよくあります。
(典型的にはユーロゲームの得点制とか)
ブロウルでも、インタラクションの対象の選択に制限をかけるという方法があります。よくあるのが地政学的な「近くにいる奴しか殴れません」。
これは意識的な選択と言うよりもテーマ的な(フレーバー的な)要請であることが多いんですが、フレーバーがメカニクスに及ぼす影響に意識的になるというのは良いことです。

あとは、そこに制限を掛けないとして、特定の誰かを殴ることについてゲーム的なメリットを明示するというのもあります。土をガメてる奴に盗賊を、という。フェア感はありますよね。
誰かを殴るのをみんながためらうような状況というのはゲームを硬直させて大変良くないんで、攻撃にインセンティブを出すようなシステムもありです。攻撃にごぼうびを出すとか。
それでもこの方法ではキングメーカーは抑えられないので(何やっても勝てないならもう関係ないのです)、広義の排除を受けたプレイヤーはゲームに影響を及ぼせないようにしたり、
広義の排除から狭義の排除に速やかに移行させたり、すくなくとも対象の選択にリミットをかけるくらいはしないといけません。

インタラクションそのものに制限かけてるわけじゃないけども、負けプレイヤーがゲームに及ぼせる影響を抑えてキングメーカー問題を潰す方法があります。
たとえばQuakeとかだと、負けてるプレイヤーというのは下手なプレイヤーなので、ゲームに影響をそうそう及ぼせないのですね。
スキルの問題でなくても、RTSだと負けかけのプレイヤーはリソースをぼこすか奪われて殆どなんもできなくなってますね。

Exercise 2.13-16



#2-5. チームワーク

こっからは別の話。チームプレーにおけるプレイヤーの役割とコミュニケーションに焦点を当てて、チームメンバー間の力学を議論します。

■役割
チームゲームのプレイヤーには、普通のプレイヤーとしての欲求に加えて「チームに貢献したい」という欲求があります。そこでチームにおける役割(ロール)という話になるんですが。
まずチームにおける各プレイヤーのロールについては、全員が同一のロールを持つ場合(対称 - シンメトリカル)と、異なる役割を持つ場合があります。
異なる役割を持つ、というのはシステミックな場合もあればエージェンシャルな場合もあります。野球のポジションはシステミックですけどサッカーはキーパー以外はエージェンシャルです。
システミックなロールの上にエージェンシャルなロールが築かれる場合もあります。例えば種族制のゲームで、種族の上にエージェンシャルなロールが(攻撃役・治癒役etc)乗るなど。
全員の貢献欲を満たすには2通りあって、ひとつは能力をバランスさせる方法、もうひとつは全員に別々の特殊能力を割り振ることです。
能力をバランスさせた場合、貢献機会は自動的にイーブンですが、結果としての貢献度合いは当然ながらスキルに左右されます。
異なる役割を振る場合、デザイナーズゲームなら普通は全員同程度の貢献になるよう作るものですが、スポーツはそういうの気にしません(いや一人で全部はできないようになってますが)。
特別なロールとして「リーダー」には言及しておく必要があるでしょう。ルールには定義されてないことも多いですが(でもルール上の何かと結びついてたりはしますね。クオーターバックとか)。

■協力的インタラクション
って言葉はちょっと問題が合って、これ必ずしも協力ゲームに限ったものでもないし、逆に協力ゲームに協力的インタラクションが皆無ってこともあるんですが、それはそれとして。
つまり相方のパフォーマンスに影響を及ぼせる度合いのことです。水泳のメドレーとかだと殆どゼロ、
テニスのダブルスはかなりインタラクティブですがそれでもボール打ち返すのは一人で可能、
アメフトとかだとどんないいパス投げても相方が取ってくれないとなんにもなりません。
人間は社会的生物ってことで、基本的には協力的インタラクションってのは良きものです(勿論オーディエンスの話はここでも有効で、メドレー程度が丁度いい人もいっぱいいます)。
面白いヒューリスティックス・ツリーも構築できるし。ただ、インタラクションの度合いによっては副作用もあります。
具体的に言うと、まずはド下手くそな相方がむかつく問題。水泳とかみたいに相手関係なく自分自身のスコアを計れるものだとそうでもないですが、
ボール取ってくれないキャッチャーとだとそもそも野球できないんで。でまあ、オンゲで極端に雰囲気悪いゲームとかあるじゃないすか。ああいう弊害がね。

Exercise 2.18

■奉行問題(チームメートに何をすべきか口出しするということ)
インタラクションで起きる問題以外にも、チームメンバー間のコミュニケーションがOKであるようなゲームでは、奉行問題が発生し得ます。
つまり、初心者に対して先輩が口を出し過ぎるので事実上初心者がゲームから排除されているという。
口出しは適度におさめてれば悪くないものだし、場合によっては初心者の側が全く言うこと聞かないということもありますが、まあ大人だと普通そういう圧力には従うでしょう。
これを防ぐには。まずコミュニケーションを制限するというのは当然あります。ブリッジだとビッディングシステムに従ってしかパートナーとコミュニケーションとれないとか。
あとは実行スキルの概念があれば、これも制限として働きます。
カスパロフに「次ルークを2マス前へ」と言われれば誰でもその通りに実行出来ますけど、ジョーダンに「そこでダンク」とか言われても出来ないものは出来ないわけです。
似たような制限方法としては時間の概念を持ち出すというのがあります。時間制限がそのままコミュニケーションと実行の制限として働くのですね。
情報を一部伏せるというのもありでしょう。あと、場合によってはロールプレイが解になることもあります。賢者は全てを教えるのですが、蛮族は聞く耳を持たないよと。

■協力ゲーム
近年まで協力ゲームというのは割とレアなものでした。対戦相手というのはゲームに多くのものをもたらしますし、対戦相手がいなければ一人用ゲームを遊ぶしか無いんで。
事情を変えたのは勿論コンピュータとネットです。
協力ゲームは基本的にはチームワーク付きの一人ゲームです。複数陣営におけるチームワークと比べると、問題の種類は同じですがより難儀になります。
本来コミュニケーションに制限がかかってるゲームで奉行をやると、複数陣営ゲームなら対戦相手から「おいそこの糞チート野郎」と来るわけですが、協力ゲームだとその声が出てきません。
協力ゲームに関する他の問題としては、リプレイアビリティの問題もあります。MMOでチームメイトのために同じシナリオを2度やる人がでてきたりとか。
とりあえずここで重要なのは、こういうメリットやデメリットは、1陣営ゲームであることから湧いてくる問題、チームプレイから湧いてくる問題、インタラクションから湧いてくる問題、
というような形で理解することが可能だ、ってことです。

Exercise 2.19-24.


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内容は以上です。

排除の問題については概念の整理が主になってて、特段どうということは無いと思います。
協力ゲームの問題については、もう少し突っ込んだ詳細に入って行くとどうなるかわかんないですが、このレベルの議論としてはごく穏当、というかこれも紹介的な内容。
我々面倒くさいボードゲームプレイヤーにとって大いに議論の対象になるのはポリティクスの話で。
ただ確認しておかないといけないのは、この議論はユーロゲーム界隈を離れてゲーム一般で考えるとごく正統的なものだってことです。
そもそもマルチというのは鬼っ子であって、というのは本文が(明確にそうとまでは言ってないけど)強く匂わせてるところで。
特にこの本の立場だと、基本的にはゲームの楽しみというのはヒューリスティックス・ツリーの構築にあるので。
マルチでは自己言及性の問題から素直なヒューリスティックス・ツリーが描けないので、まっとうなアゴーンのゲームは造れない。正統なアゴーンのゲームってのはいつでも2陣営用です。
オンゲ以降のマルチプレイヤー物には本文中のテクニックを駆使してマルチ性をぐっと抑制したゲームというのがありますが、そういうものについては根源的な問題が付きまといます。
つまり、なんでマルチじゃないといけないのかと。この点に関する著者たちの立場というのは、フレーバーとして振りかける程度の使用ならマルチ(この場合は≒ポリティクス)も
悪くないものだ、というもので、だからこそポリティクスの「コントロール」という言葉を「デザイン」の類義語ではなく「抑制」の類義語として使ってます。
これはここ数年のユーロにも共通する立場で、モダンユーロというのはルールの本質的にはレースを志向していて、ルールに載せてるインタラクションは
本書の意味でのインタラクションと言うより、n人が一同に介して同じ席に付いているという状態におけるコミュニケーション推進、が意図されていることが多いです。
ゲームとしてはレースのがいいんだけどそれはそれとしてコミュニケーターが必要だと。
一方で英米マルチ〜90sユーロを基準に考える立場からすると、このような抑制の対象としてのポリティクスという議論はいかにも曖昧に思えます。それなら2人ゲームやってりゃいいよねと。
英米マルチ〜90sユーロでは、ポリティクスこそをデザインの対象としています。
サブゲーム内でのポリティクスを絡め合わせて一つのメタゲーム系を作り上げる、というのがユーロ(面倒なので「英米マルチ〜」は省略)の本質の一つとしてあり、
そこでは当然ヒューリスティックス・ツリーは登ろうとすると自己言及性によって変な方向に折れ曲がる。
その折れ曲がり方は、巨視的に書いてしまえば全部本文中の「ポリティカルなゲームにおける戦略」でおしまいなんですが、ここをミクロに見ると色々面白い差異があり、
その差異を鑑賞する(別の言い方をするなら、折れ曲がるヒューリスティックス・ツリーの折れ曲がり方を楽しむ)のがユーロのプレイヤーの【非正統的な】立場なのですよ、
ということは述べておきたい。です。
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# by Taiju_SAWADA | 2013-02-21 00:58 | 感想・紹介

SPACE ALERT 日本語版プレオーダー募集

◆(2/23追記) 印刷プロセスは終了し、現在、輸送プロセスに移っています。

◆(1/24追記) 現在、印刷工程に入っています。印刷の完了は2月の下旬が予定されており、今のところスケジュール通りにお渡しできる形で進んでおります。

◆寄付つきプレオーダーにご応募いただいた皆様へ、お支払いのご案内を12/16 12:28に一通送信しております。ご確認いただけますようよろしくお願いいたします。

◆製作決定いたしました。12/17以降、順次ご連絡を行わせて頂きます。
◆一般販売も実施しますが、当初ご案内しておりました「予価5800円」につきましては実現が困難な状況のため、希望小売価格は税別7429円(税込7800円)とさせて頂きます。大変申し訳ありませんが、ご了解いただけますようよろしくお願いいたします。

◆17日0時をもちまして、プレオーダーを締め切らせていただきました。
◆合計254個のプレオーダーを頂きました(寄付込みで目標額の約182%)。ありがとうございます。

◆17日0時までに頂いたメールには全て返信させて頂いたものと認識しております。返信を受け取られていない方は、大変お手数ですがその旨ご連絡いただけますようお願いいたします。

*******


突然のことで恐縮ですが、プレオーダー募集のご案内です。

SPACE ALERT というゲームがあります。 2008年に出版された協力ゲームで、最大の特徴は「CDの音声で与えられる指示に従いながら、10分間の時間制限の中で何だか随分いろんなことをやらないといけない」というところにあります。けっこう前のゲームなので、インターネット上でレビューやプレイレポートを書かれている方も多くいらっしゃいます。

遊星からのフリーキック
http://ter.ath.cx/yusei/yuseiki/スペースアラート

ふうかのボードゲーム日記
http://fu-ka.livedoor.biz/archives/937102.html

作者Vlaada Chvatilにとっても代表作の一つに数えられ(他の代表作としてダンジョンロードやThrough The Agesなど)、受賞歴などもそれなりにあるゲームなのですが、いかんせん外国語で流れてくる音声を聞きながら外国語で書かれたカードを読まないといけない、というたいへん言語依存の強い仕様となっており、日本ではそれほど遊ばれているとは言えない状態にあります。

私はこの「SPACE ALERT」のことを大変重要なゲームだと考えているので、っていうか大好きなので、音声データを作ってBoardGameGeekにアップロードしたりとかしていた(この音声データはゲームストア・バネストやアークライトから販売されている輸入版にも添付されているとおもいます)のですが、結局のところ日本語版を作らんと誰も遊んでくれんのと違うかという話になり、日本語版を作ることにしたのです。これが2010年末ころのお話。

ということで紆余曲折を経て2年が経過し、出版元Czech Games Edition社の協力を得て、カード・音声・ルール・ハンドブック・箱と全ての日本語版データを作成するところまで完了しました。そして完了したところで気がついた。

印刷する金のあてが無い。

いや、正確には、貯金を全部はたけば無いわけじゃないのですけれど。でも貯金を全部はたいて刷って売れなかったら直行で文無しになってしまいます。例によってNew Games Order社に持ち込んで企画を立てているので版権交渉とかはNew Games Order社で実施しているのですが、メーカーとしてショップに販売して利益が出るかというと、原価率がたいへん高いので絶対に出ないのです。そんなわけで「名義とバーコードは貸してあげるけど他は一人でやってね」という話になっておりまして。

というわけで、前置きがたいへん長くなりました。「スペース・アラート日本語版」プレオーダーのお願いにやってまいりました。

だいたいどんな感じのデータになっているか、という点については、文末に画像を数点載せておりますのでそちらをご覧ください。音声につきましては、BoardGameGeekに載せた合成音声のものではなく、人間の女性の声を用いています。こちらもサンプルを用意しましたのでお聞きいただければ。原語版やBoardGameGeekに載せた日本語音声と比べて、ゲーム中の聞き取りやすさを優先した作りになっています。

サンプル音声

一点お断りが必要です。中に入っているCDは、音声CDではなくMP3 CDとなっています。これはコストダウンのためで、つい先ごろ発売されたフランス語版と同じ仕様となっています。同じくコストダウンのためシナリオカード16枚も付属しない(インターネットからダウンロードすることで代用)という形になっているのですが、これについては無いと寂しいものなので、プレオーダーしていただいた分については特典として、こちらで別途刷ってお付けします。


それではプレオーダーの仕様です。


【プレオーダー】
◆価格:5800円 (税込・離島等一部地域を除き送料込)
◆申込期限:2012/12/16
◆支払方法:銀行振込(製作確定後に振込先をご連絡します。振込期限は1月中旬を予定しています)
◆受渡予定:2013年5月上旬(やや早くなるかもしれません)
◆特典:シナリオカード16枚
◆申込先: preorder@newgamesorder.jp に下記の事項をご記入の上メールをお送り下さい
◆ご記入事項:
 ・住所(※)
 ・氏名(必須)
 ・メールアドレス(必須)
 ・電話番号(※)
 ・個数(必須)
※ご住所と電話番号につきましては、最初にメールを頂く段階では未記入でも問題ありません。未記入の場合、製作が確定した際に改めて伺います。

【プレオーダーは締め切らせていただきました。ありがとうございました。】

予定数は最大で500部、これは(あるかもしれないし無いかもしれない)一般販売分を合わせた数です。
一般販売を仮に実施する場合、販売価格は原則としてプレオーダーと同じ5800円を予定しています(一般販売分にはシナリオカードは付属しません)。

【2012/12/3追記:冒頭でのご案内の通り、一般販売を実施いたします。金銭的な事情により、一般販売の希望小売価格は当初予定の税込5800円ではなく、税込7800円となります。申し訳ありません】

申込期限が来た時点で十分なオーダーが集まらなかった場合、製作を断念する形になります。製作できるだけのオーダーが集まった場合に限り、その旨のご連絡を兼ねてお支払先をお伝えします。

ここで「十分なオーダー」というのは送料+80万円くらいを想定しているのですが、どうにもこれだけだと届かない気がしてならないので、大変浅ましいのですがもう一つオプションとして「寄付つきプレオーダー」というのを用意させていただけませんでしょうか。

【寄付つきプレオーダー】
◆価格:10000円(税込・離島等一部地域を除き送料込)
◆申込期限:2012/12/8(通常のプレオーダーより期限が1週間早くなっています)
◆支払方法:銀行振込(製作確定後に振込先をご連絡します。振込期限は1月中旬を予定しています)
◆受渡予定:2013年3月上旬(刷り上がり次第空輸で持ってくるので、通常のプレオーダーより早くなります)
◆特典:シナリオカード16枚。加えて、下箱の側面に、"出資者"としてお名前を記載します(お望みでない場合はその旨ご連絡下さい)
◆申込先: preorder@newgamesorder.jp に下記の事項をご記入の上メールをお送り下さい
◆ご記入事項:
 ・住所(※)
 ・氏名(必須)
 ・メールアドレス(必須)
 ・電話番号(※)
 ・個数(必須)
 ・出資者としての名義(本名をご希望の場合はその旨をご記入ください。ご指定がない場合は記載いたしません)
※ご住所と電話番号につきましては、最初にメールを頂く段階では未記入でも問題ありません。未記入の場合、製作が確定した際に改めて伺います。

【寄付つきプレオーダーの募集は締切いたしました】


ご不明な点がありましたら preorder@newgamesorder.jp までお問い合わせ下さい。

以上、ご検討いただけますよう、是非ともよろしくお願い致します。



◆追記(2012/11/22)◆

製作未決定の現段階で住所や電話番号を記入必須とする必要は無いのではないかというご指摘を頂きました。このご指摘を受けまして、住所と電話番号についてはご注文を頂く段階では未記入で問題ない旨を追記しました。

なお、頂いた注文メールにつきましては、当然のことですが、他の用途には一切使用しません。ゲームの受渡しが完了した、または製作しないことが確定した時点から2ヶ月以内に削除します。

preorder@newgamesorder.jp 宛に送ったメールが宛先不明で戻ってきてしまうというご報告を頂いています(特にOCNをお使いの方からご報告頂くことが多くなっています)。このような場合は、 tsw@yahoo.co.jp までお送り下さい。 tsw@yahoo.co.jp にお送り頂く場合、表題に「スペースアラート日本語版プレオーダー」と入れていただけると助かります。


◆追記(2012/11/23)◆

寄付つきプレオーダーにおける出資者名義は、団体名・サークル名・ウェブサイト名などでも問題ありません。名義の変更を行いたい方はご連絡いただけますようお願いいたします。

特定商取引法に基づく表示が必要ですねとのご指摘がありました。
下記の通り、よろしくお願いします。


■特定商取引法に基づく表示■

販売業者: 合同会社ニューゲームズオーダー
運営統括責任者: 山根 敬弘

所在地:郵便番号190-0023 東京都立川市柴崎町3-10-6 イチカワビル2F

◆商品代金以外の必要料金
・配送料金:離島など一部地域を除き、表示されている商品代金に含まれます。
・消費税:表示されている商品代金に含まれます。

◆引き渡し時期
・商品案内の欄をご覧ください。
※災害の流行などにより、お届け期間、お届け方法が変更になる場合がございます。

◆お支払い方法
・銀行振込

◆返品・交換の対応
商品到着後、お客様のご都合による返品・交換は原則としてお受けしておりません。ご了承ください。
お届けの際、商品を構成する部品に劣化・破損が起こった場合には、同等の部品を再度届けさせていただきます。
※万一、該当の部品に在庫切れが発生した場合、ご返金による対応とさせていただきます。





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# by Taiju_SAWADA | 2012-12-16 12:28

スペース・アラート 日本語版 製作決定のおしらせ

前回のエントリ「SPACE ALERT 日本語版プレオーダー募集」に追記しております通り、12月3日12時現在、164個分のプレオーダーを頂き、「スペース・アラート」日本語版の製作を決定いたしました。応援していただいた皆様、ありがとうございます。

一般販売も実施しますが、当初ご案内しておりました「予価5800円」につきましては実現が困難な状況のため、希望小売価格は税別7429円(税込7800円)とさせて頂きます。

【一般販売は実施するかしないか迷いました。というのは、現状のプレオーダー個数のことを考えると、一般販売分を刷らなければほぼ損益ゼロで終われるのですが、5800円で一般販売しようとするとどうしても赤字になる可能性のほうが高くなるのです。とはいえ、そもそもの目的を考えると、可能なものならいくらかでも一般流通で手に入るようにしたいという思いは当然あり、価格を上げれば一般販売に回せるなら、当初のアナウンスと違ってもそのほうがよいのではないかという結論に至りました。大変申し訳ありませんが、ご了承いただけますようお願いいたします】


プレオーダーにつきましては、通常のプレオーダーは5800円にて12/16まで引き続き受け付けております(寄付つきプレオーダーは締切いたしました)。ご氏名、注文個数とメールアドレス、寄付つきプレオーダーの場合は出資者としての名義もご記入の上、 preorder@newgamesorder.jp までメールを頂けますようお願いいたします。詳細につきましては、前回のエントリ「SPACE ALERT 日本語版プレオーダー募集」をご覧いただけますようお願いいたします。

【プレオーダーは締め切らせていただきました。合計254個のプレオーダーをいただきました。ありがとうございます。】
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# by Taiju_SAWADA | 2012-12-03 12:12 | 更新通知